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『On the Road--The Original Scroll』Jack Kerouac(Viking)

On the Road--The Original Scroll

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アメリカ文学史に残る『On the Road』のオリジナル・スクロール版」

僕はアメリカ文学を取り巻く状況や、アメリカで出版される洋書の紹介雑誌『アメリカン・ブックジャム』を出してきたが、記念すべき創刊号のタイトルは『On the Road』だった。これは、「まだ、道なかばで行き先の知れない」という思いからだったが、ビート世代を代表する作家ジャック・ケルアックに敬意を表する気持もあった。

その後、ウィリアム・バロウズの編集者にインタビューをしたり、ギンズバーグ財団に雑誌企画の相談に乗ってもらったりとビート世代の人々と知り合うようになった。また、ビート・ジェネレーションの詩人グレゴリー・コーソから書き下ろしの詩をもらい、ケルアックが『 On the Road』に書いたサンフランシスコを本の道順のとおりに再び辿ってみる企画もやってみた。

今年は1957年に出版された小説『On the Road』が出てからちょうど50年目にあたり、出版50周年を記念してケルアックが書いた小説『On the Road』の原型となる第1稿が出版された。

ケルアックは47年頃から小説の構想を練りながらニール・キャサディなどとともにアメリカを旅して回った。そして51年4月、ニューヨークの20丁目にあったアパートで約3週間をかけて小説『On the Road』のもととなる原稿を書いた。今回出版されたのはこの時の原稿だ。ケルアックはトレーシングペーパーにタイプを打ち、そのペーパーをつなぎ合わせ丸め、一巻の巻物のようにした。そのためこの原稿は一般に「スクロール」と呼ばれている。

「スクロール」版と6年後に出版された小説『On the Road』との最も大きな違いは、「スクロール」版が基本的にノンフィクションであるところだ。

読者にとって特に心躍るのは、小説では偽名となっている登場人物たちが、ニール・キャサディ、アレン・ギンズバーグウィリアム・バロウズなど全て実名で登場するところだろう。ビート世代を代表する彼らの実名が出てくることで、人物像がぴたりと定まり小説とは違ったダイナミックさが生まれている。

また、ストーリーも荒削りで、性的描写もきわどさを増している。「スクロール」にはケルアック自身が直接書き入れた修正や校正などが残っているが、今回出版されたものでは、あきらかなスペリングの間違いに対する直しを除いては加えられた修正や校正は無視し、できる限りオリジナル原稿に近い形に編集されている。そのため、薬物でハイになりながら書かれたといわれている文章から、当時ケルアックの持っていた疾走感や言葉に対する感覚が読み取れるのも興味深い。

51年5月、ケルアックはニール・キャサディ宛に手紙を送っている。「Story deal with you and me and the road…whole thing on strip of paper 120 foot long…just rolled it through typewriter and in fact no paragraphs…rolled it out on floor and it look like a road.(君と俺とロードについての物語だ。すべては120フィートの細長い紙に書かれている・・・タイプライターから流れ出てパラグラフさえないんだ・・・床に伸びてロードのように見える。)」

本の冒頭にケルアックの研究者たちによる解説があるのも見逃せない。アメリカ文学史に残る重要な一冊だ。


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