書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

長谷正人

『評伝ナンシー関 「心に一人のナンシーを」』横田増生(朝日新聞出版)

→紀伊國屋書店で購入 「サブカルという枠組みから抜け出すために」 本書を最初に書店で見つけたとき、軽い警戒感を抱いた。あのナンシー関の「評伝」だって?それはちょっとおかしくないか? ナンシー関と言ったら、テレビの表層を読み取ることに長けた批評…

『読んでいない絵本』山田太一(小学館)

→紀伊國屋書店で購入 「恥ずかしいこと、あるいは感情生活のレッスン」 本書は、山田太一の短編小説4編、ショート・ショート2編、戯曲1編、テレビドラマ脚本1編が収められた作品集である。発表年度も1988年から2008年にまでわたっていて、さまざまな時代に書…

『コンニャク屋漂流記』星野博美(文藝春秋)

→紀伊國屋書店で購入 「日常のなかに漁師文化の痕跡を探り当てる」 星野博美、待望の新著である。私が星野博美ファンであるのは、彼女のエッセイの手にかかると、何気ない日常の光景がとてつもなく不思議な相貌を持って見えてくるからだ。その妄想力のありよ…

『これがビートルズだ』中山康樹(講談社現代新書)

→紀伊國屋書店で購入 「「ア―――ドンノオ」としてのビートルズ体験」 無茶である、と最初は思った。かつて本屋で本書を見かけたときは、馬鹿げているとさえ思って無視してしまった。何しろビートルズが発表した全公式曲213曲をその録音順に、すべて新書版1頁…

『災害がほんとうに襲った時─阪神淡路大震災50日間の記録』中井久夫(みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 「被災の周辺へのまなざし」 1995年1月の阪神・淡路大震災当時、神戸大学医学部の精神科教授だった中井久夫は、自ら被災者としてあたった救援活動の切迫感あふれるドキュメントを、ともに活動したスタッフやボランティアたちと共著で、2…

『摘録 断腸亭日乗(下)』永井荷風(岩波文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「永井荷風の被災日記」 鬱々とした日々が続いている。大震災直後には閃光のように現れたかのように思えた、被災者同士の相互扶助的な「災害ユートピア」が、企業とメディアを中心とした抑圧的で官僚的な「自粛」ムードによってかき消さ…

『昭和大相撲騒動記ー天龍・出羽ヶ嶽・双葉山の昭和7年』大山眞人(平凡社新書)

→紀伊國屋書店で購入 「相撲はただ伝統的ではない」 震災と原発の問題で忘れられているが、ほんの少し前まで、大相撲の八百長問題がメディアを賑わせていた(ここ数日処分決定に関する報道がされているようだが)。そこでは大相撲が、スポーツなのか、それと…

『災害ユートピア─なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』レベッカ・ソルニット(高月園子訳)(亜紀書房)

→紀伊國屋書店で購入 「私たちの社会の希望のために」 3月11日以降、メディアを中心とした周囲の環境があまりにも騒々しいため、なかなか落ち着いて読書できない。それでも、気分を落ち着かせることが大事なのだと自分に言い聞かせて、テレビやネットを見る…

『逝きし世の面影』渡辺京二(平凡社ライブラリー)

→紀伊國屋書店で購入 「逝きし世の面影は、きっと未来に蘇る」 飛び切りの面白さだ。とても驚いた。幕末から明治初期にかけて日本を訪問した西洋人たち(日本アルプスの紹介者・宣教師ウェストン、大森貝塚で有名な動物学者モース、女性探検家バードなど)が…

『たった一人の30年戦争』小野田寛郎(東京新聞)

→紀伊國屋書店で購入 「小野田元少尉の野生」 刀の切っ先がこちら側に向けられたかのような恐怖心を覚えることが何度かあった。そのとき私は、本書の筆者に対して曰く言い難い違和感を持たざるを得なかった。だから安易な共鳴を与えられるような書物では決し…

『八十二歳のガールフレンド』山田稔(編集工房ノア)

→紀伊國屋書店で購入 「慎ましい生の痕跡としての文学」 文学は、なぜあるのだろうか。ある人間がそこに生きていたという痕跡を、自ら「ペン」を使ってこの世界に残すためかもしれない。「パン」を作ったり、食べたりするだけでは満足できない、ややこしい感…

『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』黒岩比佐子(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 「思想としての「売文」」 明治・大正期の社会主義者としては、幸徳秋水、大杉栄、荒畑寒村らに比べて論じられる機会の少なかった堺利彦に光を当てた、本格的な評伝である。本書によれば堺は、1910年の大逆事件で幸徳らが一斉検挙された…

『中国文化大革命の大宣伝(上)』草森紳一(芸術新聞社)

→紀伊國屋書店で購入 「「革命」に抗って、具体的に観察し、書くこと」 草森紳一は、どこまでも具体的に語ろうとする。ある一つの平凡な出来事に関する執拗なまでに詳細な描写が、いつの間にか抽象的・論理的な思考に結び付いていくところに彼の文章の独特の…

『「アンアン」1970』赤木洋一(平凡社新書)

→紀伊國屋書店で購入 「負け組としての『アンアン』」 『アンアン』と言っても、私には今まで反感を持ったという記憶しかない。70年代に『アンアン』(平凡出版)と『ノンノ』(集英社)という大判の女性グラビア雑誌を手にした若い女性たちが、その雑誌のモ…

『アフロ・ディズニー』菊地成孔・大谷能生(文藝春秋)

→紀伊國屋書店で購入 「とんでもなく面白い、20世紀メディア文化論」 ともかく、とんでもない本である。20世紀のメディア文化(レコードと映画という視聴覚文化)とは何だったかを改めて考え直そうというのだから、議論のテーマがとんでもないというわけでは…

『肴(あて)のある旅─神戸居酒屋巡回記』中村 よお(創元社)

→紀伊國屋書店で購入 「居酒屋という街の文化を味わい尽くす」 絶品である。実に味わい深い本だ。そして何とも不思議な読書体験だった。いったい何でこんな本を私が読まなければならないのだろうと何度も訝りながらも、あまりの面白さについつい頁が進んでし…

『「プガジャ」の時代』大阪府立文化情報センター編(ブレーンセンター)

→紀伊國屋書店で購入 「西風は東風を圧倒する。東京の情報消費文化は張子の虎だ。」 この書評ブログでは度々、帯の宣伝文に偽りあり、と文句をつけてきた。だが本書の帯に関しては、短い文章で本書の内容が紹介されていて見事である。赤い帯に白抜きの横書き…

『作家の値段』出久根達郎(講談社文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「メディア論的な日本近代文学論。嘘じゃないって。」 本書は、題名で損をしていると思う。福田和也『作家の値打ち』(飛鳥新社)とかけているつもりなのかもしれないが、『作家の値段』という題名で、帯には「『竜馬がゆく』極美50万/…

『酒中日記』坪内祐三(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 「文壇飲酒人類学、飲んで飲んで飲み倒す日々の記録」 私は本書を、発売されてすぐに神保町の東京堂で見かけていた。しかし装丁が同じ坪内祐三の『酒日誌』とそっくりだったので、もう持っている本だと思って手に取らなかった。さすがに…

『長谷川伸傑作選 瞼の母』長谷川伸(国書刊行会)

→紀伊國屋書店で購入 「無縁社会における倫理の可能性を考えるために」 ここのところ長谷川伸の戯曲作品が心の深いところに沁みるように感じて、何度も読み返している。五歳のときに生き別れとなった母親を旅から旅へと探し歩く忠太郎が、柳橋の料亭の女将と…

『東京少年』小林信彦(新潮文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「戦時下の小学生の疎開体験がリアルに伝わってくる」 遠出だというのに、読みかけの本を忘れて家を出てしまった。鞄の中には一冊も本がない。新幹線に40分乗るだけなのだが、帰りの電車のことも考えると、本がない日帰り旅行はいかにも…

『貧民の帝都』塩見鮮一郎(文春新書)

→紀伊國屋書店で購入 「格差問題を政策の問題としてではなく、「ほどこしの文化」の問題として考えるために」 いま日本社会を生きていると、貧困や所得格差の問題は社会政策の問題であり、税金分配の仕組みを合理的な制度に改革することが、その解決方法の全…

『豆腐屋の四季 ある青春の記録』松下竜一(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 「テレビに出ることの喜びと恥ずかしさを取り戻すために」 本屋の文庫本新刊コーナーで、本書が平積みにされているのを見た瞬間、鈍い予感が身体のなかを走った。これは何だか、とんでもなく面白そうだぞ、と。本書について何かの知識が…

『東京骨灰紀行』小沢信男(筑摩書房)

→紀伊國屋書店で購入 「過去の死者たちを慰霊することが未来を開く」 畏怖すべき傑作である。私のような無知・無粋な人間に本書を書評する資格があるのか、何度も躊躇してしまったほどだ。いや、別に難しい本というわけではない。いま流行りの、東京の歴史を…

『原っぱが消えた 遊ぶ子供たちの戦後史』堀切直人(晶文社)

→紀伊國屋書店で購入 「人間はただそこに勝手に生きているだけで自由だ」 前々回に坪内祐三の『ストリートワイズ』を取り上げたとき、彼が「青空」や「原っぱ」といった比喩で語る「放課後戦後民主主義」というアイディア(それは「学校戦後民主主義」に対置…

『私のなかの東京  わが文学散策』野口富士男(岩波現代文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「東京のアーキテクチャを批判するのでなく、そのテクスチャーを味わうこと」 前回の「つけたし」に書いたように、坪内祐三お薦めの野口富士男の短編集『暗い夜の私』(1969年、講談社)を読んで、私は大きな衝撃を受けた。素晴らしいと…

『ストリートワイズ』坪内祐三(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 「ちょっとだけ古くさいぞ 私は」 新刊本が苦手だ。著者によって発せられたばかりの言葉が、なまなましく突き刺さってくるような気がして冷静に受け止めることができない。知人に直筆の葉書をもらったときにも、蒸しタオルを冷ますよう…

『全国アホ・バカ分布考~はるかなる言葉の旅路』松本修(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「日本人は近代以前からずっとテレビを待ち望んでいた」 テレビと方言では相性が悪いはずだ、と思い込んでいた。中央発信型のテレビ番組は、各地に根付いてきた地方独特の話し言葉を標準語や関西弁によって風化させてきた。だから私も大…

『ベンヤミン―ショーレム往復書簡』ゲルショム・ショーレム(山本尤訳)(法政大学出版局)

→紀伊國屋書店で購入「終わってしまった歴史のなかに希望を感じる」 法政大学出版局による味気ない装丁の専門書的な雰囲気、400頁を超える分厚さ、そしてユダヤ人学者同士の往復書簡というマニアックな内容など、本書を包み込んでいる秘教的な雰囲気(オーラ…