書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

2007-05-01から1ヶ月間の記事一覧

『森有正先生のこと』栃折久美子(筑摩書房)

→紀伊國屋書店で購入 「悪役は誰だ?」 小説家の勝負所は、いかに悪役を描くかにある。考えてみて欲しい。小説の登場人物に「ほんと、いい人だなあ」などと感動することなどあるだろうか。「こいつ、ほんと嫌な奴だなあ」と感心することの方がはるかに多いの…

『グノーシス』筒井賢治(講談社選書メチエ)

→紀伊國屋書店で購入 日本の新世代のグノーシス研究者によるグノーシス概論である。従来のグノーシス紹介は「厭世的」、「禁欲的」、「反体制的」、「実存的」などのキーワードが定番だったが、本書の描きだすグノーシス像はずいぶんちがう。 グノーシス主義…

『禁じられた福音書』 ペイゲルス (青土社)

→紀伊國屋書店で購入 おどろおどろしい題名だが、『トマスによる福音書』を中心に、グノーシス文書を一般読者向けに解説した本である。『トマスによる福音書』は早くに隠滅され、1945年にエジプトでナグ・ハマディ文書の一部として発見されるまでは幻の書だ…

『ひきこもりの国』マイケル・ジーレンジンガー著(光文社)

→紀伊國屋書店で購入 ●ひきこもりという静かな反乱は拡大する● この本は、ひきこもり問題の取材をしたアメリカ人ジャーナリストが、若者の個性を抹殺し、彼らをひきこもりに追いやる日本社会の構造を分析したものである。結論の一つとして、国際社会のなかで…

『「声」の資本主義―電話・ラジオ・蓄音機の社会史』吉見俊哉(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 ●「近代日本のざわめきの歴史」 本書『「声」の資本主義―電話・ラジオ・蓄音機の社会史』(1995)は、19世紀後半から20世紀初頭にかけての聴覚メディアの形成史をたどっている。著者・吉見俊哉は、社会や感覚の変容を技術変化の関数とし…

『いかにしてわれわれはポストヒューマンになったか』(未邦訳)キャサリン・ヘイルズ<br><font size="2">Hayles, Katherine N, 1999, <I>How We Became Posthuman: Virtual Bodies in Cybernetics, Literature, and Informatics</I>, Chicago: The University of Chicago Press.</font>

→紀伊國屋書店で購入 ●「情報学的人間像=ポストヒューマンへの警鐘:物質性の軽視」 本書は、「情報」というキーワードをもとに、K.ヘイルズが現代社会の人間像を考察した論考である。ヘイルズによると、現代社会においては、物質やエネルギーではなく情報…

『捏造された聖書』 バート・アーマン (柏書房)

→紀伊國屋書店で購入 きわものめいた題名だが、原題は Misquoting Jesus(間違って引用するイエス)で、まっとうな聖書文献学の入門書である。 新約聖書については、日本でも田川健三の『書物としての新約聖書』や加藤隆の『新約聖書はなぜギリシア語で書か…

『はじまりの物語-デザインの視線』松田行正(紀伊國屋書店)

→紀伊國屋書店で購入 「図説」文化史はどうしてこんなに面白い ぼく自身、一時自分でつくって自分ではまってしまった、たとえばヴィジュアル・エッセーとでも名づけられる文化史エッセーの理想的な完成形を、気鋭のデザイナー、松田行正氏が前著『眼の冒険-…

『ねにもつタイプ』岸本佐知子(筑摩書房)

→紀伊國屋書店で購入 「言葉にあまるもの」 「根に持つ」とは、すんだことをいつまでもうらみがましく忘れずにいることを言い、だから「根に持つタイプ」というのはあまり褒められた性質とはいえない。あとがきでは、著者自身がそういうタイプの人間というわ…

『蠅の王』ゴールディング(新潮文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「心の闇」 パリに住んでいる辻仁成が、新作の『ピアニシモ・ピアニシモ』に関し、「W・ゴールディングの『蠅の王』が好きで、ああいう少年小説を書いてみたかった。」と新聞紙上で語っているのが目に留まった。 私は『蠅の王』を毎年高…

『乗っ取られた聖書』 秦剛平 (京都大学学術出版会)

→紀伊國屋書店で購入 聖書が「乗っ取られた」とは穏やかではないが、「七十人訳聖書」を一般向けに紹介した本である。聖書文献学の入門書にはおもしろい本が多いが、本書もめっぽうおもしろい。 「七十人訳聖書」とは妙な名称だが、アレキサンドリアに大図書…

『香水―ある人殺しの物語』 パトリック・ジュースキント (文春文庫)

→紀伊國屋書店で購入 つい先ごろ、「パフューム ある人殺しの物語」という映画が、日本に上陸した。あちこちのブログで紹介されていたので、たぶんまだどこかで上映しているだろうと思っているうちに、時が経ってしまったのだが。 本書はその原作。映画もベ…

『病気だョ!全員集合 月乃光司対談集』(新紀元社)

→紀伊國屋書店で購入 ●ある男の復讐、そして復活の書 著者の月乃光司は、対人恐怖症、醜形恐怖、ひきこもり、アルコール依存症、自殺未遂、リストカット、境界性人格障害の元当事者。精神病院に3回入院した経験もある。「壊れた人間」としてその人生の大半…

『象徴の貧困――1.ハイパーインダストリアル時代』ベルナール・スティグレール[著]ガブリエル・メランベルジェ+メランベルジェ眞紀[訳](新評論)

→紀伊國屋書店で購入 ●「精神のテクノロジー、精神のポリティックス」 ≪本書で論じられる主題は、明らかに、時代の雰囲気のなかにある≫。その雰囲気の徴として、次の四つの点が挙げられよう。まず、ハイデガーが定義した近代――普遍数学と技術による自然支配…

『錯乱のニューヨーク』レム・コールハース[著]鈴木圭介[訳](ちくま学芸文庫)

→紀伊國屋書店で購入 ●「マンハッタンはどこまで完璧でありえるか」 「委員会が提案したマンハッタン・グリッド―――分割される土地は誰のものでもなく、そこに描き出される人々の群れは架空のものであり、そこに建てられる建物は幻影であり、その中で行われる…

『ハイデガーとハバーマスと携帯電話』ジョージ・マイアソン(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「ケータイ・モデル」 ケータイというのは奇妙な道具だとつくづくと思う。それは近さを遠さに変えてしまうものであり、遠さを近さに変えてしまうものだ。仕事の打ち合わせなどで相手がもぞもぞとケータイを取りだすと、気が殺がれていや…

『小説の読み書き』佐藤正午(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「原稿用紙十枚の作家論」 まさに名人芸である。 佐藤正午は本業は小説家だが、エッセイの書き手としても一流である。本書はその文章術が随所に発揮されていて、一気に読み通してしまうのがもったいないほどだ。 帯に「ユニークな文章読…

『抵抗の場へ―あらゆる境界を越えるために マサオ・ミヨシ自らを語る』マサオ・ミヨシ×吉本光宏(洛北出版)

→紀伊國屋書店で購入 「天邪鬼」になること 「マサオ・ミヨシ」というカタカナ名は、初めて見た時からなんだか怪しく感じていた。1991年に創刊された『批評空間』誌だったと思う。そのアドヴァイザリー・ボード(編集顧問)の1人として、エドワード・サイー…

『モナリザの秘密-絵画をめぐる25章』ダニエル・アラス[著]吉田典子[訳](白水社)

→紀伊國屋書店で購入 21世紀という16世紀をこそ イタリア美術史の世界がアダルジーザ・ルーリ(1946-95)に次いで、その最良の部分をダニエル・アラスの死によって失ってしまったということだろう(1944-2003)。というか、20世紀後半のフランス美術史界がそ…

『ハンニバル・ライジング』トマス・ハリス(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「人は肉を食べて生きる」 人食いレクターが誕生した経緯を明らかにした「ハンニバル・ライジング」を読むという経験は、『スター・ウォーズ』6部作を見終わった感慨と似ていると思った。 ハンニバル・レクターを主役にした一連の作品…

『香水―ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント(文春文庫)

→紀伊國屋書店で購入 パリには独特の香りがある。1983年に2度目のパリ訪問(それが今まで続く滞在となっているのだが)の際に、地下鉄のホームでその懐かしい香りを吸い込んだ。ジタンヌという強いタバコの香りに埃や乾燥した空気の臭いが混じったとでもいえ…

『レヴィナス―何のために生きるのか』小泉義之(NHK出版)

→紀伊國屋書店で購入 何のために生きるのか。 答えは意外にシンプルだ。 だが、そのような、本書に書かれたままが、 レヴィナスの本意かどうかはわからない。 ここに描かれたのは、レヴィナスの言葉を借りた 小泉先生による「他者論」と思われる。 小泉先生…

『「鍵のかかった部屋」をいかに解体するか』仲俣暁生・舞城王太郎・愛媛川十三(バジリコ)

→紀伊國屋書店で購入 ●日本の現代小説はポップカルチャーだ! 最近、小説を読まなくなったとつぶやく友人がいる。 ノンフィクションのほうがいい、いや、日記や書簡のほうがもっといい、とも言う。 歳を重ねるほど、その傾向が強くなるようだ。 若い小説家が…

『ひとり日和』青山七恵(河出書房新社)

→紀伊國屋書店で購入 「あたし小説」 典型的な「あたし小説」である。 「あたし」はかつての私小説の「わたくし」のように悲惨でもなく、偉そうでもなく、重くもないのだが、なぜかそのまわりからはふわふわと物語が発生してしまう。むろん、「あたし」であ…

『海域世界の民族誌-フィリピン島嶼部における移動・生業・アイデンティティ』関恒樹(世界思想社)

→紀伊國屋書店で購入 本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。 本書を読み終えて最初に感じたことは、著者、関恒樹の真摯で謙虚な研究姿勢と、その人柄によっ…

『静かな大地』池澤夏樹(朝日新聞社)

→紀伊國屋書店で購入 池澤夏樹は北海道生まれで、現在パリ(郊外)に住んでいる。私も北海道生まれで、現在パリに住んでいる。大した共通点ではないかもしれないが、私は彼の作品が好きだ。実は、池澤がデビューの時から気になっていたことが一つある。それ…

Evans, R. J. W. & Marr, Alexander (eds.), "Curiosity and Wonder from the Renaissance to the Enlightenment"(Ashgate, 2006)

→紀伊國屋書店で購入 「驚異の部屋」の新歴史学 先回、マニエリスム本の紹介にかこつけて「澁澤龍彦の驚異の部屋」展の話をした。建石修志はじめ澁澤狂いでは人後に落ちないと号する異才アーティストが、いかにも澁澤世界というイメージ・オブジェの競演をし…

『越境の時-一九六〇年代と在日』鈴木道彦(集英社新書)

→紀伊國屋書店で購入 [劇評家の作業日誌](26) 本書は「1960年代」という時代と「在日問題」、そして「越境」をテーマとしている。なぜこの三つが結びつくのか。それが本書を読み解く鍵となる。 著者・鈴木道彦氏はプルーストの『失われた時を求めて』の翻…

『編集者齋藤十一』齋藤美和(冬花社)

→紀伊國屋書店で購入 「ひきこもり型編集者の時代は終わった」 新潮社の重役であり、数々の文豪を育ててきたとされる伝説の編集者、齋藤十一の追悼文集である。 「伝説」とは情報の格差によって生じる。 齋藤十一は「編集者は黒子である」という立場から、表…

『Nobody&#39;s Perfect』子ども家庭リソースセンター(ドメス出版)

→紀伊國屋書店で購入 「完璧な人はいない」 →紀伊國屋書店で購入 カナダの保健省がつくった、0歳から5歳までの子をもつ親のための支援プログラムのテキスト。 とにかく、とにかく、ていねいに注意深くつくられている。 日本にそのままあてはめることは難しい…