書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

四釜裕子

『山里に描き暮らす』渡辺隆次(みすず書房)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「そもそもが居候、キタリモンをきめこんだ絵描き屋の庭はアジールとなる」 《なんにしても、群れるのはイヤ》。東京で絵を教えながら画家として過ごしていた渡辺隆次さんは36年前、38歳でひとり八ヶ岳南麓に土地を得てアトリエ…

『談志が死んだ』立川談四楼(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「談志が死んで、談四楼はウロ死んだ」 1970年春、高校を卒業した「私」は34歳の噺家・立川談志に弟子入りする。文壇とのつきあいも多い師匠のもとでの修業は、田辺茂一、山口瞳、吉行淳之介、梶山季之、近藤啓太郎、生島治郎、…

『月山山菜の記』芳賀竹志(崙書房出版)

→紀伊國屋書店で購入 「ゼンマイはこんなところで芽吹いていたのか!」 3月中旬にもなると、ビニールハウスで育ったものだとわかっていても山菜を売りにしたメニューを注文してしまう。水煮缶詰を堂々使う店に驚いたこともあるけれど、「採りたて」とも「今…

『落語の国の精神分析』藤山直樹(みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 「先生、この噺を聞くと笑ってしまうのはなぜでしょう」 精神分析の先生が書く落語の登場人物論なんて読みたくないな。あの与太郎は○○病、この与太郎は□□症候群、江戸の昔からひとびとの心は病んでおり……そんなことで落語を聞く楽しみを…

『S先生のこと』尾崎俊介(新宿書房)

→紀伊國屋書店で購入 「愛弟子の独り語りを夜中に聞く」 本格的にアメリカ文学を学ぶ意欲に燃えた大学3年生の尾崎俊介さんは、ゼミの教授のすすめで宮口精二似のハンサムでスリムだがとっつきにくいS先生こと須山静夫先生(1925-2011)の授業を受けることに…

『眼と風の記憶 写真をめぐるエセー』鬼海弘雄(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 「思い返すことを怖れない」 撮影で何度も訪ねているインドやトルコの小さな町や村の風景に、写真家の鬼海弘雄さんはふる里の暮らしを重ね見る。山形県のほぼ真ん中、昭和2、30年代の醍醐村(現・寒河江市)には、暮らすために必要なも…

『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』森岡督行 (ビー・エヌ・エヌ新社)

→紀伊國屋書店で購入 「"日本の対外宣伝グラフ誌"の、美しい宣伝グラフ誌」 タイトルにある1931年から1972年は満州事変から札幌オリンピックに重なる。東京・茅場町で古書店を営む森岡督行さんが、この間に刊行された"日本の対外宣伝グラフ誌"から106点を選…

『わたしは菊人形バンザイ研究者』川井ゆう(新宿書房)

→紀伊國屋書店で購入 「菊人形は日本人共有の秋のガーデン」 菊人形、あったあった。遊園地か公園に入ってすぐの右か左に並んでいた。菊の衣装がきれいというより、白々とした顔や手足が怖かった。NHK大河ドラマの一シーンかなにかだったのだろう。祖父母か…

『老眼鏡』句・加藤静子 文・甘糟幸子、甘糟りり子(神無書房)

→紀伊國屋書店で購入 「今日の日を、ため息をつくように詠んで眠りたい」 姉の加藤静子さんが詠む句に、忘れていた記憶をいくつも呼び起こされた甘糟幸子さんが、あるとき、アルバムの代わりに句集を作ってはどうかと思う。自分の楽しみで作っているだけ、ひ…

『その日東京駅五時二十五分発』西川美和(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「19歳の”されこうべ”」 広島に暮らす飛行機好きの「ぼく」は19歳で召集され大阪の陸軍通信隊に配属される。数日後には東京の通信隊本部へ転属となり、無線送受信の練習中にアメリカの短波放送を受信してポツダム宣言の内容を聞いてしま…

『地図で読む戦争の時代』今尾恵介(白水社)

→紀伊國屋書店で購入 「地図に暮らす人が等身大になるまで縮尺を上げる」 膨大な地図資料をもとにたくさんの著書を持つ今尾恵介さんが、「地図で戦争の時代を読む」「戦争の時代の地図を読む」という2つのテーマでまとめた本である。侵略あるいは占領によっ…

『関東大震災と鉄道』内田宗治(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「町に駅が立体的に建っていた」 9月1日の午後、浅草から上野方面に向かって散歩する。整然とした道路は平らで街路樹は少なく、横断歩道の白線が眩しい。6月の祭りは界隈の通りを本社神輿の渡御が何度も執拗になめまわすようにして進…

『住まいの手帖』植田実(みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 「私の家の姿は私が覚えている」 解体前の友人の家の掃除を手伝った。もの作りの好きな三世代が暮らした一軒家で、そこかしこに手作りの気配がある。「必要なものはすべて運び出したから、欲しいものがあったらどうぞ」と言うので、なに…

『色へのことばをのこしたい』伊原昭(笠間書院)

→紀伊國屋書店で購入 「超絶文系日本色見本帳」 広島の厳島神社を訪ねた昨秋、ちょうど引き潮で大鳥居まで歩いた。夕焼けに映え、暮れゆく闇に沈む鳥居は美しく、鹿にいたずらされながら石垣に腰掛けてずっと見ていた。鳥居の色は神社仏閣でよく見る朱色だが…

『アナトリア』鬼海弘雄(クレヴィス)

→紀伊國屋書店で購入 「失われたあらゆるものへの懐かしさを未来へ」 1994年から15年の間に6度、秋から冬にかけて訪れたアナトリア大地(トルコ)で撮影した140点が並ぶ。一度の滞在は6〜8週間で、写真家は首都イスタンブールから乗り合いバスなどで地方に出…

『賽銭の民俗誌』斎藤たま(論創社)

→紀伊國屋書店で購入 「神様の前でどうして銭を放り投げるのか」 ラジオの「子ども電話室」に寄せられる問いに先生方がどう答えるかを聞くのはいかにも面白い。本書の著者・斎藤たまさんも〈当意即妙の、時には目を白黒させながら応える〉そのそぶりを楽しむ…

『パテ屋の店先から』林のり子(アノニマ・スタジオ)

→紀伊國屋書店で購入 「森のオフクロはパテ屋の店先にいます」 家で料理をしないひとでも、一杯のお茶をのむのにやかんに湯をわかすことはあるだろう。そして音の変化を聞き分けて、ガスや電気のスイッチを切っているのではないだろうか。この本の著者、林の…

『社宅街 企業が育んだ住宅地 』社宅研究会編著 (学芸出版社)

→紀伊國屋書店で購入 社宅街とは働くよろこび微粒子が拡散するパワースポット ビルの屋上にある高架水槽を観察していたころ、公団や社宅がよく目についた。川崎市にあった新日本石油の社宅アパート群などは棟によって高架水槽のかたちが少しずつ異なっていて…

『アンビルド・ドローイング 起こらなかった世界についての物語』三浦丈典(彰国社)

→紀伊國屋書店で購入 「絵空の社会認識を描こう」 建築家が構想を描いた絵で、なんらかの理由で実現することのなかったものを「アンビルド・ドローイング」と呼ぶ。実現しなかったといっても、コンペに負けたとか途中で頓挫したというような負の遺品や怨恨の…

『火の見櫓―地域を見つめる安全遺産』火の見櫓からまちづくりを考える会(鹿島出版会 )

→紀伊國屋書店で購入 一基にひとつの「火の見櫓物語」のスタートに 敦ちゃんちと俊ちゃんちの間に火の見櫓はあった。昭和40年代、山形県の内陸部の小さな集落を通る道と用水路が交わる地点で、近くには消防団のポンプ車庫がある。半鐘の音を聞くのは春と秋の…

『朝日のあたる川 赤貧にっぽん釣りの旅二万三千キロ』真柄慎一(フライの雑誌社)

→紀伊國屋書店で購入 「体だけは丈夫でな」と津々浦々でじいちゃんばあちゃんが言っている ミュージシャンをめざして上京して3年。実力を思い知り早々に最初の夢を断った「僕」。手持ち無沙汰に、ふと釣りをしてみたくなる。子どものころ毎日のように遊んで…

『山人の話 ダムで沈んだ村「三面」を語り継ぐ』語り手・小池善茂、聞き手・伊藤憲秀 (はる書房)

→紀伊國屋書店で購入 見えないものへの思いをたぐりよせる「聴き語り」の力 新潟県北部。河口からたどると、松山、村上、千綱、岩崩、三面を流れる三面川の上流に作られた奥三面ダムのために、三面地区は昭和60年9月に閉鎖された。朝日連峰の山中にあって、…

『ただいま おかえりなさい』作・戌井昭人 絵・多田玲子 (ヴィレッジブックス)

→紀伊國屋書店で購入 「ただいまと言ってページを開こう」 戌井昭人さんを初めて見たのは、東京・初台のLIVE-BAR The DOORS に「ボヘミアン・カフェ 〜ケルアック・トリビュート・ビートニク・2001〜」を聞いた日だ。ムロケンさん、ロバート・ハリスさん、ビ…

『ラジオ深夜便 母を語る』聞き手・遠藤ふき子(NHKサービスセンター)

→紀伊國屋書店で購入 「すべての「母」に贈りたい」 NHKラジオの「ラジオ深夜便」は今年で20年をむかえたそうである。昭和天皇のご容体報道に備えてはじめた深夜の放送が、緊急報道を第一にして今も毎晩静かに流れており、人気のコーナーがいくつもある。な…

『ナガサキ 消えたもう一つの「原爆ドーム」 』高瀬毅 (平凡社 )

→紀伊國屋書店で購入 「消えたことで残された、記憶をつなぐ鎖」 1955年に長崎で生まれた著者・高瀬毅さんが、母親の実家を訪ねる時に乗ったバスから見ていつも感じていた「静かな気持ちのいい場所」。まぶしい光に包まれた坂道の途中にあった大きな建物は浦…

『ワシントンハイツ——GHQが東京に刻んだ戦後 』秋尾沙戸子 (新潮社 )

→紀伊國屋書店で購入 「この本を片手に代々木公園を歩こう」 1964年の東京オリンピックで選手村となり、その後森林公園として整備された代々木公園には、今も選手宿舎として使われた建物が一棟残されている。これに転用されたのが、1945年12月に連合軍に接収…

『ニッポン画物見遊山』山本太郎 (青幻舎)

→紀伊國屋書店で購入 「ニッポン画党のマニフェスト」 『ニッポン画物見遊山』というタイトルに似合うお名前の画家・山本太郎さんは、画学生であった1999年に「ニッポン画」を定義づけ、制作と発表を続けてきた。2009年初夏、京都で開かれた個展「ニッポン画…

『木の葉の画集』安池和也 (小学館 )

→紀伊國屋書店で購入 「真空パックされた落ち葉のスクラップ帳」 草花の名や特徴を解説してくれる人と野山を歩くのは楽しいが、でもきっとまもなく遅れて歩きたくなる。そういう人はまず見つけるのが早いから、なにもかもがその人の眼で進んでしまう。少しほ…

『身体としての書物』今福龍太(東京外語大学出版会)

→紀伊國屋書店で購入 「この本は、歩きしゃべり耳を傾ける「書物」である」 「書物」のことをあまりになにも知らないし、買って読んだ本のこともほとんど頭に残っていないし、それでいったい私は「本」の、何がどう好きだというのだろうと思うのだ。それでも…

『過激な隠遁』川崎浹(求龍堂)

→紀伊國屋書店で購入 「年長の「友」とまとめた「画家」の評伝」 生まれたときはみな周囲の誰よりも若く、そして次の瞬間からほかの誰かの年長者となる。中学生のころは一学年上でもたいへんな「先輩」だったが、年を重ねるほどに「先輩」との年齢差は開いて…