書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

2010-02-01から1ヶ月間の記事一覧

『1968年グラフィティ』毎日新聞社編(毎日新聞社)

→紀伊國屋書店で購入 『1968年グラフィティ』は、「毎日ムックーシリーズ20世紀の記憶」の『1968ーグラフィティ・バリケードの中の青春』の新装版である。1998年に刊行が始まった同シリーズは、写真、テクスト、チラシ、ポスターなどの同時代の資料から、現…

『グーテンベルクからグーグルへ ―文学テキストのデジタル化と編集文献学』 シリングスバーグ (慶應義塾大学出版会)

→紀伊國屋書店で購入 昨年の出版界はGoogle Book Search問題で揺れに揺れた。11月になって公開書籍の範囲を英語圏に限定するという新和解案が出て一気に熱がさめたものの、それまでは黒船来襲もこうだったのではないかというほどの騒ぎで、たいして内容のな…

『悪魔の発明と大衆操作―メディア全体主義の誕生』原克(集英社新書)

→紀伊國屋書店で購入 「現代によみがえる大衆社会論」 2003年に出版された本書を、なぜいまになって語るのかということからお話ししておきたい。 昨年出席した某書籍の出版記念パーティーで本書著者の原克(はら・かつみ)さんにお会いした。そのときの原さん…

『新しいカフカ ―「編集」が変えるテクスト』 明星聖子 (慶應義塾大学出版会)

→紀伊國屋書店で購入 『1冊でわかるカフカ』の訳者解説で明星聖子氏はカフカの遺稿出版が大変なことになっていると書いていたが、具体的にそれがどういうことかを「編集文献学」という新しい学問の視点から述べたのが本書である。 本書は卓抜なカフカ論であ…

『コロノス芸術叢書 アートポリティクス』コロノス芸術叢書編集委員会(論創社)

→紀伊國屋書店で購入 「われわれの世界はいまもまた危機的な状態にある。そうしたなかで芸術家も批評家も研究者もその大多数は現実を見つめることから撤退し、現実を解明しようとする活動を忌避している。彼ら・彼女たちが現実になんら応答することのない作…

『ご遺体専門美容室』中村典子(Wish Publishing)

→紀伊國屋書店で購入 「愛知県の「おくりびと」が手で触ってきた死」 ご遺体をきれいにして、服を着せ、棺桶に納める仕事があります。湯灌師。納棺師ともいわれます。 2009年にアカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと」(監督・滝田洋二郎/主演・…

『ソクラテスのカフェ』マルク・ソーテ(紀伊國屋書店)

→紀伊國屋書店で購入 「哲学カフェ事始め」 静岡県浜松市という中規模都市で、明日「哲学カフェ」を始めます。 浜松初ということもあり、インターネット新聞「浜松経済新聞」でも取り上げられました。 昨年秋に、哲学カフェをはじめると思い立ち、すぐに「哲…

『娘と話す メディアってなに?』山中速人(現代企画室)

→紀伊國屋書店で購入 「メディアと人間の失われた全体性の回復」 曲がりなりにも教育に携わっていながら、最近まで「入門書」というものにまったく興味がなかった。何より入門書の押し付けがましさが好きになれなかったし、入門書の類には著者自身が心底面白…

『崩壊』オラシオ・カステジャーノス・モヤ(現代企画室)

→紀伊國屋書店で購入 「距離をもって描かれる映像的効果」 書店に行って買う予定だったものとちがう本を買ってきてしまう。そんなことがたまにある。予定している本のことはもう頭に入っているからあせって買わなくてもいい。ところがいま目前で電波を送って…

『長谷川伸傑作選 瞼の母』長谷川伸(国書刊行会)

→紀伊國屋書店で購入 「無縁社会における倫理の可能性を考えるために」 ここのところ長谷川伸の戯曲作品が心の深いところに沁みるように感じて、何度も読み返している。五歳のときに生き別れとなった母親を旅から旅へと探し歩く忠太郎が、柳橋の料亭の女将と…

『挑戦するピアニスト──独学の流儀』金子一朗(春秋社)

→紀伊國屋書店で購入 「どう練習したら上達するのか悩んでいるピアノ学習者のために」 著者の金子はピアニストとして活躍中だ。デビューは2005年、彼が40代になってからで、年齢的にはかなり遅かった。しかしデビュー後の演奏は多くの人を魅了し続け、ファン…

『メディアスポーツ解体―〈見えない権力〉をあぶり出す』森田浩之(NHKブックス)

→紀伊國屋書店で購入 「五輪期間に、メディアとスポーツを考えるために」 「メディアとスポーツ。両者は互いに切磋琢磨する。単独でも十分に力のあるふたつが結びつくと、そこに強大な〈権力〉が生まれているはずだ。でも意識していなければ、その正体は思い…

『老人賭博』松尾スズキ(文藝春秋)

→紀伊國屋書店で購入 「世にも珍しい変身譚」 なかなか強烈な出だしの小説だ。 顔面の内側が崩壊する。そんな奇病を患って少々のことでは動じない自分もさすがに慌てふためいた。 主人公の金子は、皮膚の内側に浮腫ができてどんどん腫れるという「呪いにかか…

『キャッチアップ型工業化論―アジア経済の軌跡と展望』末廣昭(名古屋大学出版会)

→紀伊國屋書店で購入 「アジアと開発経済学を通して、日本を捉え返す」 ナショナリズムを論じる際、最もよく参照されるのはE.ゲルナーからB.アンダーソン,A.スミスに至る国民論だと思う。その問題関心をごく簡単に言えば、以下のようになるだろう。「階級」…

『フィリピン独立の祖 アギナルド将軍の苦闘』渡辺孝夫(福村出版)

→紀伊國屋書店で購入 本書は、「資料に基づいているが、学術的論考を試みたものではなく、平易な読み物(物語)を意図したもので」、「東南アジアでもっとも日本に近く、日本との長い交流の歴史がある」フィリピンへの関心を高めてほしいという、著者、渡辺…

『 Going Rogue : An American Life』 Sarah Palin(Harpercollins)

→紀伊國屋書店で購入 「言い訳に終始したサラ・ペイリンの自伝」 アメリカの政治の動きを追うことは、僕にとっては趣味の一種に入るかもしれない。 ニューヨークに住む僕はウルトラ・コンサーバティブともいえる、ラッシュ・リンボー、ショーン・ハニティ、…

『決壊』平野啓一郎(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「ITは世界を救うか?」 教育の世界にも、確実にIT化の波は押し寄せている。私の勤務するInternational School of Parisでも、授業の出欠はパソコンだし、教材や授業計画等も学校が選択したシステムにパソコンで書き込む。私は使ってい…

『リハビリの夜』熊谷晋一郎(医学書院)

→紀伊國屋書店で購入 「敗北の体験から会得できる官能」 著者の熊谷晋一郎は32年前に仮死状態で生まれ、脳性マヒになった。小中高と普通学校に通い、東大医学部を卒業。小児科医として病院勤務を経験し、現在は東大先端科学技術センターの特任講師である。…

『光と重力』今井智己(リトルモア)

→紀伊國屋書店で購入 「奇妙なほどモノが克明にみえる瞬間」写真集にはおもしろいと感じて、そのおもしろさがすっと言葉になるときと、時間のかかるときとがある。今井智己のこの写真集がそうだった。感じとっているものはたくさんあるはずなのに、そうでな…

『生きながら火に焼かれて』スアド(ソニー・マガジンズ)

→紀伊國屋書店で購入 「名誉の殺人とは何か」 交通手段が発達し、インターネットで世界中の情報が手に入るようになったが、一体我々は世界の事をどれほど分っているのだろうか。「事実は小説よりも奇なり」とは言うが、スアドの『生きながら火に焼かれて』を…

ワールド文学カップ開催の辞

世界文学。この言葉に秘められている奇跡めいた響きにお気付きでしょうか。例えば世界が一つの大陸であったなら、例えば人々が皆同じ言葉を話していたなら、例えば人々の肌の色が皆同じであったなら、例えば人類が文字を扱うことを知らなかったなら、文学と…

『塩の道』宮本常一(講談社学術文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「一尾のイワシは4日かけて食べる!」 フランスは塩が豊富だ。地中海でも大西洋でも作っているが、ブルターニュの「ゲランドの塩」は日本でも有名だろう。特に「fleur de sel(塩の花)」と呼ばれる最高級のものは、料理の素材が何であ…

『帝国とアジア・ネットワーク-長期の19世紀』籠谷直人・脇村孝平編(世界思想社)

→紀伊國屋書店で購入 17世紀の東南アジアを世界史のなかに位置づけ、理解することは難しい、と浜渦哲雄『イギリス東インド会社』のところで書いた。19世紀になっても、アジアを世界経済史のなかに位置づけ、理解することが難しいことが、本書からわかる。 本…

『逝かない身体―ALS的日常を生きる』川口 有美子(医学書院)

→紀伊國屋書店で購入 「技術は人を救う、難病や末期であればなおのこと」 辛い?苦しい?が繰り返されるなかでさまざまな工夫や智恵が生み出される末期の看病と、そこにたしかに存在する希望とを私は描いてみかったのですが……。そう思うとなおさら、今の医療…

『キリストの身体―血と肉と愛の傷』岡田 温司(中公新書)

→紀伊國屋書店で購入 ドーバーを渡ってメッス経由でコルマールまで車で行き、通名グリュネバルトの「イーゼンハイム祭壇画」を見たことがある。特に考えなどなく、ただ人口に膾炙した傑作をこの目で見てみたかっただけなのだ。しかしこの祭壇画は全く違って…

『 斜線の旅』管啓次郎(インスクリプト)

→紀伊國屋書店で購入 「生命運動そのもののような旅のあり方」 この本を読んでいるあいだずっとふんわりした至福に包まれていた。日常を変えてしまうような急上昇の興奮ではない。時間の色が変わり、ルーティーンワークすらが楽しくなるような変化である。生…

『Bright-Sided : How the Relentless Promotion of Positive Thinking Has Undermined America』Barbara Ehrenreich(Metropolitan Books)

→紀伊國屋書店で購入 「ポジティブ・シンキング万能の考え方に一石を投じる本」 世の中には何事にも前向きという人がいる。自分の周りに起こることをポジティブに捉え、元気に進んでく。一方、多くのことを悲観的に捉え、すぐにくよくよとしてしまう人もいる…

『回想の太宰治』津島美知子(講談社)

→紀伊國屋書店で購入 「太宰はエアロビクスをするか?」 太宰夫人はいたってふつうの人だった。『漱石の思い出』の夏目鏡子が、夫を凌ぐかというほどの強烈な個性の持ち主なのに対し、津島美知子は常識と良識の人だった。 太宰のような作家を語るには、この…

『検閲と文学――1920年代の攻防』紅野謙介(河出書房新社)

→紀伊國屋書店で購入 「政治と文学」を論じ直すために(評者・成田龍一) 検閲とは、表現の自由の根本にかかわる問題である。思想史研究の鹿野政直は、『近代日本思想案内』(岩波書店、1999年)で、近代日本の思想の歴史的展開をたどるとともに、それを…

『ヒューマニティーズ 教育学』広田照幸(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 出だしをどうするか、迷った。帯の表も裏も使える。表紙の見返しも使える。「はじめに」にも使えるものがある。それだけ、今日の教育学は問題が多く、切り口も多いということだろうか。まず、これら4つを引用して、本書の概略をつかんで…