書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

2009-08-01から1ヶ月間の記事一覧

『タイ 中進国の模索』末廣昭(岩波新書)

→紀伊國屋書店で購入 本書は、日本のタイ研究の高水準を示す誇るべき成果である。タイの現状を、これだけ詳細に深く、そしてわかりやすく書いたものは、タイ本国にもどこにもないだろう。本書のなかでは、ほかの日本人研究者によるいくつかの文献がしばしば…

「くちぶえサンドイッチ」松浦弥太郎(集英社文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「ポケットにはいる掌編エッセイの傑作」 高遠ブックフェスティバルから浜松市に帰ってきて、無性に本が読みたくなりました。移動する書斎というコンセプトでつくりこんだワンボックスカー(ハイエース)を若いイケメン社員に運転しても…

『精霊たちの家』イザベル・アジェンデ (河出書房新社)

→紀伊國屋書店で購入 「『運命』を口にできる体験の重み」 夏は私にとってそのためにとっておいた本を読む季節だ。中身のしっかり詰まった厚めの本をゆっくりとめくる。物語の舞台がどこか遠い国ならばなお理想的。夏休みの思い出と旅の記憶がよみがえり、東…

『サルコジ マーケティングで政治を変えた大統領』国末憲人(新潮選書)

→紀伊國屋書店で購入 「何でこんな男がフランス大統領になれたの?」 アメリカ大統領のオバマの名前を知らない人は殆どいないだろうが、現フランス大統領のニコラ・サルコジの名前を知っている日本人はどの程度いるだろうか。私は一度サルコジと「接近遭遇」…

『Days of Atonement』Michael Gregorio(Griffin)

→紀伊國屋書店で購入 「厳冬のプロイセンを舞台にした歴史ミステリー」 2年ほど前、取材のためニューヨークにある注文で本の革装丁をやる店を訪れた。映画監督のマーチン・スコセッシからソビエト連邦最後の政治指導者だったゴルバチョフまでがこの店に本の…

『あめふらし』長野まゆみ(文春文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「暑さを忘れる異空間」 長い一時帰国(7週間)から、先週末にパリに戻ってきてホッとしている。一番の違いは、時間の流れ方と人との関係だろうか。ここでは、時は自分に合ったリズムでゆっくりと流れ、人はあるがままの姿なので、こち…

『21世紀の国富論』原丈人(平凡社)

→紀伊國屋書店で購入 「不況で先が見えない今こそ読むべき、未来創造のための書」 もうすぐ衆議院選挙。自民党が敗北し、民主党政権になることは確実とみられています。この激変のきっかけをつくったのは、昨年秋に始まったリーマンブラザーズ破綻から始まっ…

『新世紀書店』北尾トロ・高野麻結子(ポット出版)

→紀伊國屋書店で購入 「田舎に本の町を作るという夢が実現する!」 今週末、8月29日、30日の両日、長野県伊那市高遠町で「高遠ブックフェスティバル」という日本初のイベントが開催されます。 私はこのイベントに、「移動する書斎・書店」というコンセプトの…

『ディオニュソスの労働―国家形態批判』アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート(人文書院)

→紀伊國屋書店で購入 神は、ディオニュソスに対して、山頂に石を積み上げる永遠の労働を命じた。石は頂上に積むたびに崩れ、山麓まで転げ落ち、いつまでたっても苦役は終わらない。同じように、「長い目で見ればわれわれはみんな死んでいるだろう」(J.M.ケ…

『蝶』皆川博子(文春文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「供養の花火」 『蝶』は八篇の短編から成る。いずれも20頁余りの小品だが、戦時を時代背景とした全編は、短さゆえとも言える凝縮した念を感じさせ、厳粛な光芒を放っている。時に妖気、時に殺気を放って風景を変えながらも、打ち上げら…

『ヨーロッパ史学史』佐藤真一(知泉書館)

→紀伊國屋書店で購入 今日という日は長い歴史の積み重ねの上に存在する。しかし一口に「歴史」とはいうものの、その範囲はさまざまだ。宇宙の歴史は気が遠くなるような時間の積み重ねだが、その中で地球が生まれ、生命が誕生し、哺乳類が出現し、そこから人…

『NPOと観光振興』清水一憲(あさを社)

→紀伊國屋書店で購入 「若者の強き言挙げ」 新世紀を迎え9年。今も尚、日本を取り巻く環境は大きな転換期を迎えている。 その大きな転換の流れの1つが地方分権問題である。 従来、我が国の体制は中央集権であり、それが確立した時代には当時の必然性があっ…

『ヒューマニティーズ 哲学』中島隆博(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 帯に、「哲学が問うてきた本質的な問題とは何か。呼びかけへの応答から、概念の創造へ。救済のための、平和のための、未来の哲学へ。他者との共生にむけた哲学の実践。」とある。 著者、中島隆博は中国哲学が専門である。そして、「東西…

『草かざり』かわしまよう子(ポプラ社)

→紀伊國屋書店で購入 使いおわったマヨネーズの容器を洗うとき思い出すのは、ほんの子どもの頃、夏、近所の友達の家の庭にひろげたビニールプールでの水遊びだ。うす黄色い中身の詰まっているときにはわからない、ぺかぺかとしたプラスチックの質感。その中…

『斬進快楽写真家』金村修(同友館)

→紀伊國屋書店で購入 「欧米とは180度ちがう写真家のテーゼ」 最初に金村修の写真に注目したのはヨーロッパで、東京綜合写真専門学校在学中の1992年にオランダのロッテルダムのフォト・ビエンナーレに選出、96年にはニューヨーク近代美術館の「New Photograp…

『文学の器』坂本忠雄(扶桑社)

→紀伊國屋書店で購入 「編集者の武器」 編集者という存在は、実にあやしいものだ。しゃべらせれば饒舌かつ明晰。頭の回転は速いし、文章も書けるし、どこから聞きつけるのか人事にもやたらと詳しく、人の名前も漢字に至るまで正確におぼえているし、誰が誰の…

『サイード自身が語るサイード』エドワ-ド・W.サイ-ド & テリク・アリ-/大橋洋一 訳(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 大橋洋一(東京大学教授=訳者) べつにしめしあわせたわけではないのだが、佐藤真監督の映画『エドワード・サイード OUT OF PLACE』が上映され た二〇〇六年に、そのDVDを販売することになった同じ紀伊國屋書店から、サイードへのイ…

『マッカーサー』増田弘(中公新書)

→紀伊國屋書店で購入 「目からウロコの日米戦争史」 マッカーサーといえば、コーンパイプをくわえて厚木飛行場へ降り立つ姿が有名だろう。余裕にあふれた勝利者の姿だ。しかしその行動はチャーチルに言わせれば「戦争中の数々の驚きの中で、もっとも勇敢なも…

『僕と演劇と夢の遊眠社』高萩 宏(日本経済新聞出版社)

→紀伊國屋書店で購入 「劇評家の作業日誌 (46)」 1976年に野田秀樹とともに創設し、やがて80年代の若者文化をリードした超人気劇団・夢の遊眠社の元プロデューサーによる回顧録である。著者の高萩宏は現在、東京芸術劇場の副館長を務めるが、本書…

『守り人(全10巻完結セット)』上橋菜穂子(偕成社)

→紀伊國屋書店で購入 「オトナの夏休み課題図書」 とても大切で、大好きな友人に薦められて読んだ。 ファンタジーといってしまうと、レッテルをはるようで失礼な気がするが、 やはりファンタジーなんだろうな、とも思う。 とにかく世界が濃密で、いつまでも…

『顔にあざのある女性たち』西倉実季(生活書院)

→紀伊國屋書店で購入 「ユニークフェイス研究に光を当てた労作」 本書は、日本というユニークフェイス研究不毛の地に、はじめて登場した日本人研究者による学術書です。 私が1999年からユニークフェイス問題を公に語り初めて10年。ようやく日本の現状…

『よくわかる質的社会調査 技法編』谷富夫・芦田徹郎編著(ミネルヴァ書房)

→紀伊國屋書店で購入 文献だけでは充分に理解できない歴史研究をしてきた者にとって、歴史をつくり、守ってきた人びとの社会を理解することが、調査の第一歩となる。歴史を理解するための社会調査とはいえ、社会調査に変わりはない。これまで自己流に、いい…

『At the Center of the Storm』George Tenet, Bill Harlow(HarperCollins)

→紀伊國屋書店で購入 「元CIA長官が語るブッシュ政府の内幕」 アメリカがイラク戦争を始めた頃、ブッシュ政権は戦争に対する国民の支持を得るため究極的なメディア操作をおこなった。 それは、政府内の要人が戦争を正当化する情報をメディアに漏洩する一…

『牛を屠る』佐川光晴(解放出版社)

→紀伊國屋書店で購入 「小説家が小説を書かない」 なかなか果敢な実験、というのが最初の印象だった。というのも、そこで行われているのが「いかに小説家が、小説を書かないか」という試みであるように読めたからだ。 もともと佐川は、牛の解体作業を描いた…

『本は世につれ―ベストセラーはこうして生まれた』植田康夫(水曜社)

→紀伊國屋書店で購入 「本は世につれ?」 ベストセラーというと、どういうイメージだろうか? 書店の目立つところに、やたらと積まれている。あれがコワくて書店に行けないという人がいる。気持ちはわかる。自分もベストセラーはめったに読まない方だ。 しか…

『ニューズウィーク日本版ペーパーバックス アメリカ人 異人・変人・奇人』ニューズウィーク日本版編集部【編】(阪急コミュニケーションズ)

→紀伊國屋書店で購入 『ニューズウィーク』誌の投稿記事のアンソロジー。1972年より続く「My Turn」なるこのコーナーは、「オープンな編集方針を掲げるニューズウィークのシンボル的なページ」なのだそうで、まるまる一頁を割いた誌面には投稿者の写真が入り…

『街場の教育論』内田樹(ミシマ社)

→紀伊國屋書店で購入 大学教育研究センターの兼任研究員をしている。こんな本があるので、読んで紹介してもらえないだろうか、といわれたのが本書である。以下のような紹介文を書いてみた。 本書は大学院の授業を基にして書かれているため、読書対象ははじめ…

『知識人の時代―バレス/ジッド/サルトル』ミシェル・ヴィノック/塚原 史 ほか訳(紀伊國屋書店)

→紀伊國屋書店で購入 「『知識人の時代』過去・現在・未来」 塚原史(早稲田大学教授=訳者) もう十年近く前になるが、プラハから列車で二日かけてポーランド南部の小都市オシフェンチムを訪れたことがあった。もちろん、あの「世界遺産」旧アウシュヴィッ…