書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

飯田芳弘『忘却する戦後ヨーロッパ』(東京大学出版会)

Theme 8 忘れることで生まれるもの www.kinokuniya.co.jp 政治学は「過去の忘却」を考察してこなかった、それはおもに歴史学や文学が担ってきた、というのが意外だった。戦後のヨーロッパで、民主主義体制に移行するさいに独裁や内戦の過去を忘れる「忘却の…

ダニエル・ヘラー=ローゼン『エコラリアス』(みすず書房)

Theme 8 忘れることで生まれるもの www.kinokuniya.co.jp Echolalias=谺(こだま)する言語、反響言語。それ自体としては姿を消し、忘れ去られた言語がテーマである。読者は10ヵ国語に通じたポリグロットの著者に誘われ、言語哲学、文学、神話、宗教学など…

マシュー・レイノルズ『翻訳 訳すことのストラテジー』(白水社)

Theme 5 未知とのコミュニケーション www.kinokuniya.co.jp 「ブラック・ライヴズ・マター(Black lives matter)」の訳をめぐり「黒人の命も大事」なのか「黒人の命は大事」なのか、議論があった。保守派のいう「すべての命が大事」とセットになるのはどち…

木村大治『見知らぬものと出会う』(東京大学出版会)

Theme 5 未知とのコミュニケーション www.kinokuniya.co.jp 正直なことをいえば、SFというジャンルがすこし苦手です。世界観の設定でさまざまな疑問が湧いてきて、作品に入り込むことができないことが原因ですが、その最たるものが、人知をはるかに超えた地…

マージョリー・シェファー『胡椒 暴虐の世界史』(白水社)

Theme 3 一粒から拡がる世界の歴史 www.kinokuniya.co.jp 対する『反穀物の人類史』が、古代の農業革命に直面した狩猟採集民は穀物の軛から何とかして逃れようとした、というお話なら、こちらは、時は大航海時代、欲にかられた貿易商人たちがピリッと辛い黒…

ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史』(みすず書房)

Theme 3 一粒から拡がる世界の歴史 www.kinokuniya.co.jp 本書のタイトルを目にして連想したのは、『サピエンス全史』にあった、本来人間は穀物食をするようにできてはいないという話だった。実際、本書で出会う数々の驚きのなかに、なぜ多くの地域で穀物が…

宇野重規『未来をはじめる』(東京大学出版会)

Theme 1 他者とともに生きる www.kinokuniya.co.jp 「誰でも、何でもいうことができる。だから、何をいいうるか、ではない。何をいいえないか、だ」。本書を読んで、この長田弘さんの詩を思い出しました(「魂は」『一日の終わりの詩集』みすず書房)。正直…

カス・ミュデ、クリストバル・ロビラ・カルトワッセル『ポピュリズム』(白水社)

Theme 1 他者とともに生きる www.kinokuniya.co.jp ポピュリズムは、需要と供給があるときに初めて力をもつ。この本で強く心に響いた箇所だ。ポピュリストという「供給者」がいるからポピュリズムが蔓延する。そう思い込んでいた。じつは「需要」すなわち人…

ウィリアム・マッカスキル『〈効果的な利他主義〉宣言!』(みすず書房)

Theme 1 他者とともに生きる www.kinokuniya.co.jp 私たちはいま「効果的」という言葉にとても敏感だ。この予防法は、この支援活動は、この政策はほんとうに効果的なのか、という疑いをたえず抱えながら、世界各国の対応から身近な行政の一挙手一投足にまで…

阿部公彦『小説的思考のススメ』(東京大学出版会)

Theme 11 たくらみを読み解く www.kinokuniya.co.jp 小説が読めない人が増えているという。本書の冒頭で著者自身が日本文学に対して近づきがたい臭気を感じていて、小説が読めない一人だと告白している。著者は日本文学の専門家ではない。「『いちいち説明し…

デイヴィッド・ロッジ『小説の技巧』(白水社)

Theme 11 たくらみを読み解く www.kinokuniya.co.jp この本のカバーにはゴッホの「小説を読む人」が使われている。書斎で本に見入っている女性の像なのだが、これは本書の考え方を象徴している。すなわち小説家というのは、ゴッホの作品に描き出されているよ…

デイヴィッド・ヒーリー『ファルマゲドン』(みすず書房)

Theme 10 健やかに蝕まれて www.kinokuniya.co.jp かつてEBM(エビデンスに基づく医療)を提唱する医学雑誌の編集・制作に携わっていたことがあった。ざっくり言ってしまえば、それまでは医師のさじ加減(知識と経験)でやっていた予防・診断・治療を、誰に…

アンディ・リーズ『遺伝子組み換え食品の真実』(白水社)

Theme 10 健やかに蝕まれて www.kinokuniya.co.jp 「結局彼らの真の目的は、貧農の飢餓を解消することではなく、企業が食料の生産と流通を支配することにあるのだ」。環境運動家である著者は、遺伝子組み換えをめぐる問題について、その前史より説き起こす。…

ハワード・W・フレンチ『中国第二の大陸 アフリカ』(白水社)

Theme 9 開発のこれまでとこれから www.kinokuniya.co.jp あまり居心地のよくない読書だった。本はすばらしい。『ニューヨーク・タイムズ』支局長として世界各地を知る著者が、アフリカへ移住した100万以上の中国人の実情を立体的な取材から描いたものだ。モ…

アビジット・V・バナジー、エスター・デュフロ『貧乏人の経済学』(みすず書房)

Theme 9 開発のこれまでとこれから www.kinokuniya.co.jp 本書の謝辞にも登場するトマ・ピケティさんの『21世紀の資本』をまだ読んでいない人はそちらを先送りにしてでもまず、こちらをひもといてみてほしい。ミクロ経済学ならではの具体的エピソードがどれ…

ダニ・ロドリック『グローバリゼーション・パラドクス』(白水社)

Theme 8 来るべき決断の時 www.kinokuniya.co.jp TPPをめぐる交渉は記憶に新しい。なぜ日本はワシントンのロビイストを動員してアメリカにTPP推進議員連盟を作ったのか? それでもなぜアメリカ議会ではTPPが批准されそうもないのか? 経済学者は自由貿易を賛…

ヴォルフガング・シュトレーク『時間かせぎの資本主義』(みすず書房)

Theme 8 来るべき決断の時www.kinokuniya.co.jp リーマンショックが起きたとき、政治部記者として自民党を取材していた。福田康夫が政権を投げ出して麻生太郎が首相に就任、一気に解散総選挙に打って出ようとしていた矢先のことだった。その後の展開は周知の…

清岡智比古『パリ移民映画』(白水社)

Theme 7 残響の移民たち www.kinokuniya.co.jp 恥ずかしいことにどうも映画に不案内な人生を歩んできてしまったので、読みはじめる前には、何の話かまったくわからないということになったらどうしよう、という不安がよぎりましたが、その心配はありませんで…

森千香子『排除と抵抗の郊外』(東京大学出版会)

Theme 7 残響の移民たち www.kinokuniya.co.jp 2015年1月、シャルリ・エブド社襲撃事件。11月、パリ同時テロ事件。2016年7月ニーステロ事件。 この2年足らずで、フランスの抱える〈移民問題〉がわが国でも急激にクローズアップされた。実行犯の多くがフラン…

シドニー・デッカー『ヒューマンエラーは裁けるか』(東京大学出版会)

Theme 6 リスクへの備え www.kinokuniya.co.jp 本書の原題は、Just Culture: Balancing Safety and Accountabilityである。Just Cultureは専門用語で、意味は「公正な文化」と訳すのが正確なようだ。この「ジャスト」は「ジャスティス」(justice=正義、公…

キャス・サンスティーン『最悪のシナリオ』(みすず書房)

Theme 6 リスクへの備え www.kinokuniya.co.jp 2011年の原発事故後、放射能を「正しく怖がる」という表現が使われた。寺田寅彦も1935年の浅間山の小噴火に際して「正当にこわがる」という表現を使った(「小爆発二件」)。しかし、どうすれば「正しく」怖が…

ジョッシュ・ウェイツキン『習得への情熱―チェスから武術へ―』(みすず書房)

Theme 5 ひらめきを得るために www.kinokuniya.co.jp 飛んでくる弾すらも静止して見え、相手の次の一挙手一投足が手に取るようにわかる――SF映画『マトリックス』で、主人公ネオが覚醒したシーンである。 本書を読んでいて、何度となくこのシーンを連想させら…

鈴木宏昭『教養としての認知科学』(東京大学出版会)

Theme 5 ひらめきを得るために www.kinokuniya.co.jp 「これが教養です」と差し出されたものは中身も見ずにご勘弁願いたくなってしまう性分なのですが、この本は外面と中身が違うような……タイトルの雰囲気でもちょっと損をしている本のような気がします。だ…

山岸俊男『信頼の構造』(東京大学出版会)

Theme 4 協力と信頼 www.kinokuniya.co.jp 信頼は社会的不確実性の高い状況で必要とされるが、それが低い関係においてこそ生まれやすい。アメリカよりも安定した社会関係にある日本の方が、一般的信頼の水準が低い。他者一般を信頼する傾向の強い人間は単な…

中村隆文『不合理性の哲学』(みすず書房)

Theme 4 協力と信頼 www.kinokuniya.co.jp 近年、いわば純粋無垢の「合理的な人間」という描像がさまざまな形で見直されている。たとえば経済学では、行動経済学の登場により、われわれの実際の行動が必ずしも「自己の利益を最大化する」ものではないことが…

イヴォンヌ・シェラット『ヒトラーと哲学者』(白水社)

Theme 3 そのとき人はどう振る舞うか www.kinokuniya.co.jp 我々は書物から学ぶ必要がない。我々は運命によって、この奇跡を生きるように選ばれたのだ」と演説したヒトラーだが、彼の反知性主義を説得力あるものにするには哲学が必要だった。『我が闘争』に…

ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン』(みすず書房)

Theme 3 そのとき人はどう振る舞うか www.kinokuniya.co.jp ニュルンベルク裁判以降、身を隠したアドルフ・アイヒマンは、秘密組織の斡旋で南米アルゼンチンに向かい、リカルド・クレメントとして亡命生活を送る。二年後には妻子を呼び寄せ、新たな生も授か…

パンカジ・ミシュラ『アジア再興』(白水社)

Theme 2 亜細亜へのまなざし www.kinokuniya.co.jp 予想に反した読後感が残った。なにせこのタイトルにこの帯の煽り文句(アフガーニーが煽る/梁啓超が跳ぶ/タゴールが唸る)である。「アジア再興」をめざし「帝国主義に挑んだ志士たち」の活躍を描いたノ…

月脚達彦『福沢諭吉と朝鮮問題』(東京大学出版会)

Theme 2 亜細亜へのまなざし www.kinokuniya.co.jp 東アジア情勢が緊迫化している。「大国」となった中国の海洋進出がその大きな背景にある。東アジアは日清戦争(1894−1895)以前の勢力布置に戻ったと指摘されることも多くなった。尖閣諸島の国有化と苛烈な…

スチュアート・D・ゴールドマン『ノモンハン1939』(みすず書房)

Theme 1 歴史の転換点 www.kinokuniya.co.jp 1939年5月、満洲とモンゴル国境をめぐる日本軍とソ連軍の戦闘は、「ノモンハン事件」(ハルハ河の戦い)として知られる。本書は「ノモンハン」を、一地域で起きた「事件」という枠には収まらない、国際情勢に多大…