書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

2016-01-01から1年間の記事一覧

阿部公彦『小説的思考のススメ』(東京大学出版会)

Theme 11 たくらみを読み解く www.kinokuniya.co.jp 小説が読めない人が増えているという。本書の冒頭で著者自身が日本文学に対して近づきがたい臭気を感じていて、小説が読めない一人だと告白している。著者は日本文学の専門家ではない。「『いちいち説明し…

デイヴィッド・ロッジ『小説の技巧』(白水社)

Theme 11 たくらみを読み解く www.kinokuniya.co.jp この本のカバーにはゴッホの「小説を読む人」が使われている。書斎で本に見入っている女性の像なのだが、これは本書の考え方を象徴している。すなわち小説家というのは、ゴッホの作品に描き出されているよ…

デイヴィッド・ヒーリー『ファルマゲドン』(みすず書房)

Theme 10 健やかに蝕まれて www.kinokuniya.co.jp かつてEBM(エビデンスに基づく医療)を提唱する医学雑誌の編集・制作に携わっていたことがあった。ざっくり言ってしまえば、それまでは医師のさじ加減(知識と経験)でやっていた予防・診断・治療を、誰に…

アンディ・リーズ『遺伝子組み換え食品の真実』(白水社)

Theme 10 健やかに蝕まれて www.kinokuniya.co.jp 「結局彼らの真の目的は、貧農の飢餓を解消することではなく、企業が食料の生産と流通を支配することにあるのだ」。環境運動家である著者は、遺伝子組み換えをめぐる問題について、その前史より説き起こす。…

ハワード・W・フレンチ『中国第二の大陸 アフリカ』(白水社)

Theme 9 開発のこれまでとこれから www.kinokuniya.co.jp あまり居心地のよくない読書だった。本はすばらしい。『ニューヨーク・タイムズ』支局長として世界各地を知る著者が、アフリカへ移住した100万以上の中国人の実情を立体的な取材から描いたものだ。モ…

アビジット・V・バナジー、エスター・デュフロ『貧乏人の経済学』(みすず書房)

Theme 9 開発のこれまでとこれから www.kinokuniya.co.jp 本書の謝辞にも登場するトマ・ピケティさんの『21世紀の資本』をまだ読んでいない人はそちらを先送りにしてでもまず、こちらをひもといてみてほしい。ミクロ経済学ならではの具体的エピソードがどれ…

ダニ・ロドリック『グローバリゼーション・パラドクス』(白水社)

Theme 8 来るべき決断の時 www.kinokuniya.co.jp TPPをめぐる交渉は記憶に新しい。なぜ日本はワシントンのロビイストを動員してアメリカにTPP推進議員連盟を作ったのか? それでもなぜアメリカ議会ではTPPが批准されそうもないのか? 経済学者は自由貿易を賛…

ヴォルフガング・シュトレーク『時間かせぎの資本主義』(みすず書房)

Theme 8 来るべき決断の時www.kinokuniya.co.jp リーマンショックが起きたとき、政治部記者として自民党を取材していた。福田康夫が政権を投げ出して麻生太郎が首相に就任、一気に解散総選挙に打って出ようとしていた矢先のことだった。その後の展開は周知の…

清岡智比古『パリ移民映画』(白水社)

Theme 7 残響の移民たち www.kinokuniya.co.jp 恥ずかしいことにどうも映画に不案内な人生を歩んできてしまったので、読みはじめる前には、何の話かまったくわからないということになったらどうしよう、という不安がよぎりましたが、その心配はありませんで…

森千香子『排除と抵抗の郊外』(東京大学出版会)

Theme 7 残響の移民たち www.kinokuniya.co.jp 2015年1月、シャルリ・エブド社襲撃事件。11月、パリ同時テロ事件。2016年7月ニーステロ事件。 この2年足らずで、フランスの抱える〈移民問題〉がわが国でも急激にクローズアップされた。実行犯の多くがフラン…

シドニー・デッカー『ヒューマンエラーは裁けるか』(東京大学出版会)

Theme 6 リスクへの備え www.kinokuniya.co.jp 本書の原題は、Just Culture: Balancing Safety and Accountabilityである。Just Cultureは専門用語で、意味は「公正な文化」と訳すのが正確なようだ。この「ジャスト」は「ジャスティス」(justice=正義、公…

キャス・サンスティーン『最悪のシナリオ』(みすず書房)

Theme 6 リスクへの備え www.kinokuniya.co.jp 2011年の原発事故後、放射能を「正しく怖がる」という表現が使われた。寺田寅彦も1935年の浅間山の小噴火に際して「正当にこわがる」という表現を使った(「小爆発二件」)。しかし、どうすれば「正しく」怖が…

ジョッシュ・ウェイツキン『習得への情熱―チェスから武術へ―』(みすず書房)

Theme 5 ひらめきを得るために www.kinokuniya.co.jp 飛んでくる弾すらも静止して見え、相手の次の一挙手一投足が手に取るようにわかる――SF映画『マトリックス』で、主人公ネオが覚醒したシーンである。 本書を読んでいて、何度となくこのシーンを連想させら…

鈴木宏昭『教養としての認知科学』(東京大学出版会)

Theme 5 ひらめきを得るために www.kinokuniya.co.jp 「これが教養です」と差し出されたものは中身も見ずにご勘弁願いたくなってしまう性分なのですが、この本は外面と中身が違うような……タイトルの雰囲気でもちょっと損をしている本のような気がします。だ…

山岸俊男『信頼の構造』(東京大学出版会)

Theme 4 協力と信頼 www.kinokuniya.co.jp 信頼は社会的不確実性の高い状況で必要とされるが、それが低い関係においてこそ生まれやすい。アメリカよりも安定した社会関係にある日本の方が、一般的信頼の水準が低い。他者一般を信頼する傾向の強い人間は単な…

中村隆文『不合理性の哲学』(みすず書房)

Theme 4 協力と信頼 www.kinokuniya.co.jp 近年、いわば純粋無垢の「合理的な人間」という描像がさまざまな形で見直されている。たとえば経済学では、行動経済学の登場により、われわれの実際の行動が必ずしも「自己の利益を最大化する」ものではないことが…

イヴォンヌ・シェラット『ヒトラーと哲学者』(白水社)

Theme 3 そのとき人はどう振る舞うか www.kinokuniya.co.jp 我々は書物から学ぶ必要がない。我々は運命によって、この奇跡を生きるように選ばれたのだ」と演説したヒトラーだが、彼の反知性主義を説得力あるものにするには哲学が必要だった。『我が闘争』に…

ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン』(みすず書房)

Theme 3 そのとき人はどう振る舞うか www.kinokuniya.co.jp ニュルンベルク裁判以降、身を隠したアドルフ・アイヒマンは、秘密組織の斡旋で南米アルゼンチンに向かい、リカルド・クレメントとして亡命生活を送る。二年後には妻子を呼び寄せ、新たな生も授か…

パンカジ・ミシュラ『アジア再興』(白水社)

Theme 2 亜細亜へのまなざし www.kinokuniya.co.jp 予想に反した読後感が残った。なにせこのタイトルにこの帯の煽り文句(アフガーニーが煽る/梁啓超が跳ぶ/タゴールが唸る)である。「アジア再興」をめざし「帝国主義に挑んだ志士たち」の活躍を描いたノ…

月脚達彦『福沢諭吉と朝鮮問題』(東京大学出版会)

Theme 2 亜細亜へのまなざし www.kinokuniya.co.jp 東アジア情勢が緊迫化している。「大国」となった中国の海洋進出がその大きな背景にある。東アジアは日清戦争(1894−1895)以前の勢力布置に戻ったと指摘されることも多くなった。尖閣諸島の国有化と苛烈な…

スチュアート・D・ゴールドマン『ノモンハン1939』(みすず書房)

Theme 1 歴史の転換点 www.kinokuniya.co.jp 1939年5月、満洲とモンゴル国境をめぐる日本軍とソ連軍の戦闘は、「ノモンハン事件」(ハルハ河の戦い)として知られる。本書は「ノモンハン」を、一地域で起きた「事件」という枠には収まらない、国際情勢に多大…

龍應台『台湾海峡一九四九』(白水社)

Theme 1 歴史の転換点 www.kinokuniya.co.jp 「切ない」という言葉に、どこまでの深さと重みが込められているのかわからないが、本書を読み進めていくとき、心の中に動き続ける感情はありったけの「切なさ」、まさに胸を締めつけられる思いだ。頁をめくるた…

中村隆英『明治大正史』(東京大学出版会)

Theme 1 歴史の転換点 www.kinokuniya.co.jp www.kinokuniya.co.jp 東京大学出版会から上下二巻の明治大正史が出るというので、ここ数年維新史を意識的に読んでいた自分は、とりあえずこれを購入した。定価以外の情報をろくに確認しなかったのは版元への信頼…