書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

2008-02-01から1ヶ月間の記事一覧

『インフルエンザ危機』 河岡義裕 (集英社新書)

→紀伊國屋書店で購入 インフルエンザ・ウィルスの人工合成に成功するなど、世界的な業績をあげているインフルエンザ学者による啓蒙書である。その道の権威が研究生活をふりかえりながら、一般読者向けに解説するという古き良き新書の流儀で書かれており、文…

『乳と卵』川上未映子(文藝春秋)

→紀伊國屋書店で購入 「言葉と体を貼り合わせる」 受賞作とかベストセラーとか、世が騒いでいるものにはなかなか素直に手を伸ばせないひねくれ者の私だが、今回の芥川賞受賞作は気になってすぐに買って読んだ。 一読して頼もしい女性作家が登場したものだと…

『巨匠の傑作パズルベスト100』伴田良輔(文春新書)

→紀伊國屋書店で購入 私たちは毎日パズルを解きながら暮らしているようなものだ 「心霊科学」の優れた研究書を取り上げた先回、シャーロック・ホームズの生みの親アーサー・コナン・ドイル卿が現実の世界の向こうに不可視の霊界があることを示そうとして、19…

『ろう文化の歴史と展望――ろうコミュニティの脱植民地化――』パティ・ラッド(森壮也監訳)(明石書店)

→紀伊國屋書店で購入 「「聞こえない」から「ろうである」へ」 今回は、病い研究に隣接する、ろう研究に足を一歩だけ踏み入れてみます。 著者パディ・ラッド(Paddy Ladd)は、1952年生まれ、イギリス育ちで生来のろう者です。彼女は、大学で最初の学位を取…

『四千万人を殺した戦慄のインフルエンザの正体を追う』 ピート・デイヴィス (文春文庫)

→紀伊國屋書店で購入 1998年8月、北極圏に浮かぶノルウェイ領スピッツベルゲン島の共同墓地で、各国のマスコミが注視する中、永久凍土を掘りおこして7人の青年の凍りついた遺体が発掘された。青年たちは極北の島の炭鉱で働く炭坑夫だったが、1918年にスペイ…

『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』 速水融 (藤原書店)

→紀伊國屋書店で購入 世界を席巻したスペイン・インフルエンザは日本にも襲来した。まず、1918年5月に先触れの流行があり、1918年冬の第二波、1919年冬の第三波が欧米とほぼ同時期に日本を駆け抜けた。先触れ流行は大角力夏場所で休場力士が多数出たことから…

『史上最悪のインフルエンザ』 アルフレッド・W・クロスビー (みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 新型インフルエンザの関連でスペイン・インフルエンザが注目されているが、本書はスペイン・インフルエンザを歴史の観点からあつかった最初の著作である。初版刊行は1976年だが、30年以上たった現在でも読みつがれており、この分野の古…

『ワインと外交』西川恵(新潮新書)

→紀伊國屋書店で購入 「ワインから世界が見える!」 パリに住んでいるせいもあるのかもしれないが、我が家はお客さんが多い。旧生徒、知人、友人、親戚etc 夕食では当然のごとくワインをお出しする。若いお客さんならば、分かりやすい輪郭のはっきりしたワイ…

『明治前期の教育・教化・仏教』谷川穣(思文閣出版)

→紀伊國屋書店で購入 本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。 近代教育と宗教の問題は、どこの国でも近代化論のなかで議論されてきたものと思っていた。とこ…

『フランス<心霊科学>考-宗教と科学のフロンティア』稲垣直樹(人文書院)

→紀伊國屋書店で購入 フーコーの「タブロー」が降霊会の「テーブル」に化けた 科学とは何か、その終わりない発展過程を見ていると、それが拠るとされる観察や客観性そのものが時代や文化に規定された「パラダイム」や「エピステーメー」の産物である以上、特…

『こども、こころ学』石川憲彦(ジャパンマシニスト)

→紀伊國屋書店で購入 「人間の親子は必ずすれちがう。(!!!)」 いくつかの短いエッセーで構成された一冊。何度も読み返して、深いところでの気づきをもらう。 白状すると、装丁とサブタイトルに惹かれて手に取ったのだ。 寄り添う人になれるはず と添え…

『私』谷川俊太郎(思潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「無言で語る」 やっぱりこの人は違うな、と思う。 「うまい」というのは詩人の場合はあまり褒め言葉にはならないのかもしれないが、谷川俊太郎については、つい「うまい」と言いたくなる。それが嫌な意味にもならない。 表題作である巻…

『魔術から数学へ』森毅(講談社学術文庫)

→紀伊國屋書店で購入 Francis Yeatsの古典的名著Giordano Bruno and the Hermetic Traditionはわたしには難しい本で、なかなか読み進めない。内容に途中でついてゆけなくなり、各章のはじめに何度も戻ったり、行きつ戻りつしている。第三章「フィチーノと魔…

『マクルーハンの光景 メディア論がみえる』宮澤淳一(みすず書房)

→紀伊國屋書店で購入 これでもう一度、一からのマクルーハン 息せき切ったダミ声の大阪弁で、政財界への講演が一回で何百万という噂もあった時局コメンテータ竹村健一氏の名も姿も知らない学生たちの前で、マクルーハンのことを喋るのも妙なものだ。マクルー…

『風紋』大庭みな子(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「「ナコ」と「信さん」」 大庭みな子の小説には、長らくアメリカで暮らした女性がたびたび登場する。久方ぶりに帰国した彼女たちは、自分の生まれた国のありさまを不思議な風物を眺めるようにして見、切り離すことのできないいびつな根…

『21世紀を憂える戯曲集』野田秀樹(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 [劇評家の作業日誌](34) 2007年はまさに野田秀樹の一年だった。この年、野田地図(NODA MAP)の『THE BEE』で彼の受賞した演劇賞は主だったものだけで四つに及ぶ。第42回紀伊國屋演劇賞(団体賞)、第49回毎日芸術賞、第7回朝日舞台芸…

『フロイトとユング-精神分析運動とヨーロッパ知識社会』上山安敏(岩波モダンクラシックス)

→紀伊國屋書店で購入 「モダンクラシックス」の名に愧じぬ呆然の一冊 人文学がだめになったと人は言う。だが、そうでないどころか、上山安敏氏の『神話と科学―ヨーロッパ知識社会 世紀末~20世紀』、そしてこの『フロイトとユング-精神分析運動とヨーロッパ…

『個人的な体験』大江健三郎(新潮文庫)

→紀伊國屋書店で購入 「「弱者」と「強者」」 フランスはご存知のようにカトリックの国なので、多くのチャリティー活動が行われている。バイク事故で突然逝ってしまった、喜劇俳優のコリューシュが始めた「Les Restos du coeur」(心のレストラン)などはそ…

『日本を降りる若者たち』下川裕治(講談社現代新書)

→紀伊國屋書店で購入 「外こもり、という日本難民の記録」 まじめに会社で働くつもりで就職したら、老人をだます詐欺のような仕事をさせられた。我慢して働いた。ある朝起きられなくなった。パニック障害と病院で診断された。 ワーキングホリデーで1年間外国…

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』内山節(講談社現代新書)

→紀伊國屋書店で購入 「人の身体と生命を介して記憶する「みえない歴史」」 ずいぶん前にキツネについて調べていたことがある。といっても生きているキツネではない。お稲荷さんのキツネである。社の前に座っているキツネの石像に惹かれて写真に撮るうちに、…

『わたしを離さないで』 カズオ・イシグロ 土屋政雄訳 (早川書房)

→紀伊國屋書店で購入 「仕掛けられたSF」 『わたしを離さないで』は紛れもなくSFである。そして、郷愁の想いが全編を通じて深々と読者のこころに沁みわたる逸品である。 主人公たちにとっての故郷、彼らの出自(ルーツ)、そこからの出立とそれらの喪失は、…

『「社会を変える」を仕事にする-社会起業家という生き方』駒崎弘樹(英治出版)

→紀伊國屋書店で購入 「痛快でほろ苦いNPO法人経営者のノンフィクション」 病児保育という社会問題を解決する事業を進めている、NPO法人フローレンス代表駒崎弘樹が、このビジネスを着想しビジネスにするまでの奮闘記である。 病児保育とは、病気になった子…

『ドイツ文化史への招待-芸術と社会のあいだ』三谷研爾[編] (大阪大学出版会)

→紀伊國屋書店で購入 ドイツ文学かて、やる人、ちゃんとおるやないの ドイツ起源の悠々たる文化史(Kulturgeschichte)を英米圏でマスターし、それをドイツ文化史の側へ恩返しし、カフカ研究を一新したマーク・アンダーソンの『カフカの衣装』(1992)は、例…

『ピサネロ装飾論』杉本秀太郎(白水社)

→紀伊國屋書店で購入 「異教的ルネサンス その1」 ピサネロは謎の多い画家だ。残存点数は極めて少ない。ブリティッシュミュージアムにメダルのコレクションがあり秀逸。父親に倣いピサネロを名乗るが、ヴェローナの生まれ。当地の聖アナスタシア教会に聖ゲ…

『DEATHTOPIA 廃墟遊戯 Handy Edition』小林伸一郎(メディアファクトリ)

→紀伊國屋書店で購入 「私は見てはいけない写真集 私は私の必然のトラウマに いやな想いに浸りたいとき」 西に向うと得るある想い、幸運の兆しだというセンテンスがいつも気になります。 かなり昔のことですが、多分、英語の歌詞の和訳だと思いますが、その…

『汽車旅放浪記』関川夏央(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「尾燈好きの少年」 昨年10月にさいたま市にオープンした鉄道博物館。連日、たいへんな賑わいだという。鉄道オタクがそれだけたくさんいるということだろう。 鉄道の世界は奧が深い。全国各地の鉄道を乗り回るだけが鉄道オタクではない…

『宮本輝全短篇』〈上〉〈下〉宮本輝(集英社)

→『宮本輝全短篇』〈上〉を購入 →『宮本輝全短篇』〈下〉を購入 「感情のリズム」 最近の若者は宮本輝を読むのかなあ、なんて思う。 もちろん「泥の河」や「蛍川」といった作品は高校の課題図書リストでも常連だろうが、宮本の短編作品を集成した今回の『宮…

『ハプスブルク帝国の情報メディア革命-近代郵便制度の誕生』菊池良生(集英社新書)

→紀伊國屋書店で購入 速く、速く、速く、昼も夜も一刻も失うことなく 慶應義塾大学でドイツ文化を研究している人が「文化史興隆への期待」という一文を草して、ドイツでなら文化史(Kulturgeschichte)、文化学(Kulturwissenschaft)とでも呼ばれる領域横断…

『フリーペーパーの衝撃』稲垣太郎(集英社新書)

→紀伊國屋書店で購入 本書評は、早瀬晋三著『歴史空間としての海域を歩く』または『未来と対話する歴史』(ともに法政大学出版局、2008年)に所収されています。 2007年11月29日、マニラでクーデターが起こった。そのとき、わたしは人口5万ほどのミンダナオ…

『崩壊する新聞』黒藪哲哉(花伝社)

→紀伊國屋書店で購入 「新聞販売店からみえる、新聞ビジネスの闇」 前回は『トヨタの闇』を取り上げた。今回は「新聞の闇」を取り上げる。 著者の黒藪哲哉氏は、フリーランスジャーナリスト。私もたびたび寄稿してきたニュースサイト、MyNewsJapanの常連寄稿…