書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

阿部公彦

『遁走状態』ブライアン・エヴンソン、柴田元幸訳(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 →紀伊國屋ウェブストアで購入 「これですべてではない」 かねがねこの欄で取り上げたいと思っていたのが柴田元幸氏の翻訳である。新しいものが出ると、手にとっては「よし、これを」を思ったりしたのだが、何しろウソみたいに仕…

『ある文人学者の肖像 ― 評伝・富士川英郎』富士川義之(新書館)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「父という謎」 運営者の紀伊國屋書店さんのご事情でまもなくこのサイトは閉鎖されるとのこと。評者の欄も少しずつ店じまいモードになるかと思う。これまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。 今回とりあげるのは…

『セラピスト』最相葉月(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「評伝にはしない」 ノンフィクションというジャンルの可能性を感じさせる一冊である。 日本におけるカウンセリングのあり方を取材した本書は、内容からすれば、たとえば中井久夫や河合隼雄の評伝としてまとめられていてもおか…

『凡人でもエリートに勝てる人生の戦い方。』星野明宏(すばる舎)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「定石破りのコツ」 絵に描いたようなストーリーだ。華やかなテレビ業界で活躍していた電通マンが、ある日一念発起し、会社を辞めて教育系の大学院に入り直した。そして教員資格を得ると、地方の名も無い私立校に教師として赴任…

『昭和の子供だ君たちも』坪内祐三(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「シャイな私の昭和論」 「力がこもっている」という形容がふさわしい本ではないだろう。文章は力感があってぐいぐい読まされるが、たっぷり力をためた上で「えいや!」と投げ落とすようなスタイルは坪内氏には似合わない。 た…

『渡良瀬』佐伯一麦(岩波書店)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「毒を呑む」 記念すべき本である。仙台在住の佐伯一麦は、このところ大震災とのからみで話題になることが多かった。背景には作風の変化もあるだろう。染織家の妻との結婚生活を描いた作品は葛藤を抱えつつも深い静けさをたたえ…

『すっぽん心中』戌井昭人(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「戌井節とは?」 戌井昭人は独特な節回しを持った作家だ。ぱっぱっと投げやりに話を進める語り口には、馴れ馴れしいような、あつかましいような、ぐりぐりと物語を押しつけてくる強引さがあり、それがとても心地良い。かと思う…

『フランス文学と愛』野崎歓(講談社現代新書)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「フランス苦手症のあなたに」 以前から持っていた印象――というか「常識」――をあらためて確認した。やっぱりフランス文学はきらびやかだ。フランス文学を語ることばは華やかで、フランス文学を語る人は颯爽と美しい。英文学の本…

『座談の思想』鶴見太郎(新潮選書)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「座談会をバカにしてはいけない」 「座談会」は日本独特の催しだ。もちろん外国でも対談、鼎談などないわけではないが、日本の文芸誌などで企画される、どことなく雑談めいたあのいきあたりばったりの会合は、参加者のニヤニヤ…

『文部科学省 ― 「三流官庁」の知られざる素顔』寺脇研(中央公論新社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「文科省の「うるさい伝説」」 →紀伊國屋ウェブストアで購入 著者はかつて「ミスター文科省」と呼ばれた有名人。そこへ来て副題が「三流官庁」なので、新書特有のうすらいかがわしさを嗅ぎ取る人もいるかもしれない。しかし、本…

『存在と時間(一)』ハイデガー著 熊野純彦訳(岩波書店)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「4つのハイデガー体験」 四分冊で刊行中の新訳『存在と時間』。いよいよ完結が間近に迫った。こういうお偉い本は自分には縁がないと思っている人もいるかもしれないが、この熊野純彦氏による新訳にはいろいろ趣向が凝らされて…

『第九夜』駱英(思潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「近づきすぎないのが肝心」 こういうわけのわからないエネルギーに満ちた詩に出会うのは久しぶりなので、何だかお礼に差し上げるものもなくて、おたおたしてしまう気分である。原文は中国語だが、その勢いを見事に日本語に移し…

『国語教科書の闇』川島幸希(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「もう『羅生門』にはうんざりですか?」 教科書の闇! 国語教科書ビジネスに多少なりとかかわりのある筆者としては、ついドキドキしてしまうタイトルである。闇、暗部、腐敗、狂気、毒婦、猟奇的殺人……つい想像がふくらんでし…

『爪と目』藤野可織(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「ぜんぶ読ませないと気が済まない小説」 遅ればせながら芥川賞受賞作。当欄でも、すでに大竹昭子さんが取り上げておられる。 読みはじめての第一印象は、こちらの読書のぜんぶを面倒みてくれる文章だな、ということだった。た…

『アイルランドモノ語り』栩木伸明(みすず書房)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「だからアイルランドはおもしろい」 栩木伸明氏は、今、日本でもっとも元気な外国文学者のひとりだろう。専門はアイルランド文学。筆者が最初に手に取ったのは『アイルランド現代詩は語る ― オルタナティブとしての声』(思潮…

『日日雑記』武田百合子(中公文庫)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「百合子さんマジックの秘密」 ちょっとご縁があって武田百合子のエッセイをいろいろ読み返しているのだが、この人の書くものは何度めかに読んでも読んだだけではすまなくて、人にいいつけたくなるようなところがある。この一週…

『和歌とは何か』渡部泰明(岩波書店)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「和歌と演技」 〝和歌語り〟は一つのジャンルである。呼吸がちょうどいいのだろう、ふと和歌をのぞいて賞味しては、「ふむ」と一呼吸置いてからおもむろに地の文に戻るという流れが、ある種の読書にぴたりとはまる。ぐんぐん、…

『対訳 ディキンソン詩集』エミリー・ディキンソン作・亀井俊介編(岩波文庫)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「ディキンソンの性格」 筆者は、ディキンソンという詩人は昔からどうも苦手だった。頑固でマイペースなのはいいとして(詩人なんてだいたいそうだ)、言いたいことがあるわりにいつまでも口をつぐんでいて、こっちが「どうかな…

『皮膚感覚と人間のこころ』傳田光洋(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「なぜ他人に触られると気持ちいい?」 私たちはときに「やっぱり皮膚感覚が大事だよね」などと口にする。まるで「皮膚感覚」がハードな学問や綿密な思考よりも上位に立っているかのように。しかし、そのような言い方で「皮膚感…

『ラノベのなかの現代日本 ― ポップ/ぼっち/ノスタルジア』波戸岡景太(講談社現代新書)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「おとなにも読めるラノベ?」 ラノベとは何か? ライトノベルの略称だ、くらいはわかる。でも、実際に手に取ったことはないし、手に取る気もないし、どうせ中高生の「こども」が読むくだらん小説だろうと高をくくって、そのく…

『憤死』綿矢りさ(河出書房新社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「手首をつかむ」 本書巻頭の「おとな」は、四〇〇字詰め原稿用紙にして4枚足らずのごく短い作品である。この書評欄にまるごと引用するのも可能なほどの掌編。でも、実にパンチが効いている。これを立ち読みした人は、思わず本…

『根津権現裏』藤澤清造(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「読んでも大丈夫」 いよいよこの作品をとりあげる時がきた。NEZU-GONGEN-URAというタイトルの響きからしていかにも物々しいこの長編小説は、かの西村賢太が一方的に脳中で師事してきた大正期の作家・藤澤清造の代表作である。…

『英語は科学的に学習しよう』白井恭弘(中経出版)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「英語教育の大騒ぎ」 うわっ、これはひどい。みなさん先週の朝日新聞をお読みになっただろうか。オピニオン欄の「大学入試にTOEFL」特集(5月1日朝刊)で、「TOEFL導入」の旗振り役の自民党教育再生実行本部長・遠藤利明先生が…

『自選 谷川俊太郎詩集』谷川俊太郎(岩波文庫)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「現代詩と匂い」 現代詩の書き手として、谷川俊太郎はおそらくもっとも有名な人だ。ほとんど詩など置いてないような町の本屋さんでも、谷川詩集だけは何冊も置いてある。ふだんは滅多に詩など載らない新聞でも、谷川の詩だけは…

『呑めば、都』マイク・モラスキー(筑摩書房)

→紀伊國屋書店で購入 「禁欲的飲酒法」 春の飲み歩き本シリーズ第二弾。今回はマイク・モラスキー氏の『呑めば、都』をとりあげたい。先月見た大竹聡さんの『ひとりフラぶら散歩酒』と読みくらべるとおもしろい本だ。どちらも最大の目的がひとりでふらふら飲…

『スタッキング可能』松田青子(河出書房新社)

→紀伊國屋書店で購入 「黄胆汁型」 ご存じの人も多いだろうが、人間の性格をわけるのに「四つの気質」(four humours)という分類法がある。もともと古典古代からあった考え方がルネッサンス頃になって再び流行したもので、人間の気質が四つの体液のバランスで…

『ひとりフラぶら散歩酒』大竹聡(光文社新書)

→紀伊國屋書店で購入 「そこに至るまでの道」 グルメ本・飲酒本というとまずは高級志向の「通」を謳ったものが目につく。ちょっと背伸びをした読者が、必ずしも自分では実現できないことを案内役の描写をとおして味わい、上等な時間をすごした気分になる。い…

『恥辱』J・M・クッツェー、鴻巣友季子訳(早川書房)

→紀伊國屋書店で購入 →紀伊國屋書店で購入 「ジャンクフードの意地」 春の「英語文学の古典」シリーズ第二弾。 今回は3月に来日予定のJ・M・クッツェーの『恥辱』(Disgrace)をとりあげたい。クッツェーはこの作品で二度目のブッカー賞を受賞しているが、同じ…

『錯覚学 ― 知覚の謎を解く』一川誠(集英社新書)

→紀伊國屋書店で購入 「目の間違いが、役に立つ」 筆者の知り合いに探偵小説作家がいるのだが、この方は会議の最中に物思いにふけるような遠い目になるときは、たいてい探偵小説のトリックを考えている。あるいは深夜の新宿三丁目のまったりしたバーで、悲し…

『説得』ジェーン・オースティン作、中野康司訳(ちくま文庫)

→紀伊國屋書店で購入 →紀伊國屋書店で購入 →紀伊國屋書店で購入 「驚嘆すべき地味さ」 卒論や修論のテーマが話題になる季節である。英文学界隈で相変わらず人気を保っているのは、シェイクスピアとならんでジェーン・オースティン。今年はおなじみの『高慢と…