書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

大竹昭子

『穴』小山田浩子(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「現実への深い理解が生み出す幻想譚」 日本中にうんざりするほど均一な風景が広がっている。全国展開のスーパーやチェーン店やコンビニ、その店頭に立っている原色の幟、同一規格の建材で造られた注文住宅やビル。目立つことを…

『光の子ども』小林エリカ(リトルモア)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「マンガという形式の強さ」 形式は表現に先行するものではない。表現したいもののために形式が選ばれるのであり、形式のために表現が存在するわけではない。 表現の歴史は長くさまざまな形式が生み出されてきたが、それでも収…

『私は写真機』片岡義男(岩波書店)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「ホラーは曇りの日に起きる」 小説家で写真を撮る人はほかにもいるが、片岡義男ほど熱心にそれをおこない、かつ成果を写真集にまとめている人は少ないだろう。単著の写真集として10冊目に当たる本書のタイトルにまず目を惹かれ…

『死小説』荒木経惟(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「これはアラーキーの小説論だ」 文芸誌の『新潮』に荒木経惟の連載が載っているのを見つけたのは、いつころだっただろう。ページをめくっていったら、突然、活字ページのあいまに彼の写真が登場した。20ページとかなりのボリュ…

『EYEMAZING』アイメージング・スーザン(青幻舎)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「すべての境界が溶解している」 私が写真のことを考えはじめたのは1993年、『芸術新潮』で「眼の狩人たちの軌跡」という連載をもったときだった。5センチの厚みのある『アイメージング』を繰りながら、この20年のあいだに写真…

『ドアノーの贈りもの 田舎の結婚式』ロベルト・ドアノー(河出書房新社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「カメラを携えた語り部」 人生で写真が切実なものになるときは三度ある。一度目はこの世に生まれでたとき、三度目はこの世に別れを告げて遺影となったときで、ふたつのあいだ、人生の伴侶を得て結婚をするときに二度目が巡って…

『爪と目』藤野可織(新潮社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「「あなた」とは何者か?」 小説の最初の一行は重要である。即座に二行目に目が移るような自然な書き出しにするか。それとも考え込ませるようなフックをつけるか。『爪と目』は後者の典型だろう。このようにはじまる。 「はじ…

『対岸』百々新(赤々舎)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「カスピ海を巡る5つの国の旅」 カスピ海が世界でいちばん大きな湖なのは知っていても、そこにいくつの国が面していて、それがどこの国なのかを言い当てられる人は少ないのではないか。 解答と言うと、東から時計回りに、トル…

『真夜中のセロリの茎』片岡義男(左右社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「抽出したエキスを具体的な光景に構成する」 片岡義男の小説が話題になることがまわりで増えている。わたしは最近読むようになったにわか読者だが、前回はエッセイ集『ことばを生きる』を取り上げたので、今回はかねてから宿題…

『実験室からの眺め』 『サン・ルゥへの手紙 (新装版)』 森山大道(河出書房新社)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 →紀伊國屋ウェブストアで購入 「写真の聖地へ」 昨夏、サン・ルゥに行ってきた。パリから南東へ350キロ、ブルゴーニュ地方にあるこの小さな村の名を記憶したのは、森山大道の『サン・ルゥへの手紙』という写真集によってだった…

『螺旋海岸 notebook』志賀理江子(赤々舎)

→紀伊國屋ウェブストアで購入 「写真の混沌を全身全霊で受けとめる」 この本について書きたいとずっと願っていたが、書き出せなかった。時間がとれないせいではない。この本の内容のためである。自分のなかのあらゆる問いを引き出し、刺激し、考え込ませる。…

『MARIO GIACOMELLI - 黒と白の往還の果てに (新装版)』ジャコメッリ,マリオ(青幻舎)

→紀伊國屋書店で購入 「時間の痕跡こそが彼を魅了した」 写真が力を発揮する領域には、大別してふたつある。ひとつは肉眼では見えにくい対象を見せること。もうひとつは時間を停止させて人の記憶や意識に働きかけること。前者の典型は軍事目的で撮られる空撮…

『気仙川』畠山直哉(河出書房新社)

→紀伊國屋書店で購入 「見えること」と「見えないこと」のはざまに立つ もっと早くにこの写真集を取り上げたかったのに、時間がとれないまま11月になってしまった。もっと早くに、と思ったのは、東日本大地震の惨状を写した写真への世間の関心が、日に日に遠…

『ON THE CIRCLE』普後均(赤々舎)

→紀伊國屋書店で購入 「円形の小宇宙、そこに生起する生命感」 具象と抽象を分けるものは何だろう。両者にはっきりとした境界はあるだろうか。抽象は表現者のどのような衝動から生じるのか。とそんな考えにふけることがある。 抽象化への情熱はどんなメディ…

『言葉を生きる』片岡義男(岩波書店)

→紀伊國屋書店で購入 片岡義男は実に不思議な作家だ。言葉の操り出し方、思考の進め方に独特のスタンスがある。その視野の広がりといい、どこにも帰属しない孤高性といい、既存のジャンルにとらわれない書き方といい、ほかに例を見ない。 とはいうものの、最…

『パリ南西東北』ブレーズ・サンドラール著 昼間賢訳(月曜社)

→紀伊國屋書店で購入 「写真に触発されてパリ郊外を歩いたドキュメント」 買って!買って!と声高に叫ぶ昨今の書籍とちがい、『パリ南西東北』というタイトルといい、白地にその文字をあしらった簡素(で簡潔)な装幀といい、きわめて控えめな書物だが、ここ…

『こども東北学』山内明美(イースト・プレス)

→紀伊國屋書店で購入 「三陸沿岸の村で育った女性研究者の切実な問い」 私がそれまで無関心だった日本の風土や民俗について目を開かれたのは、80年代半ばにバリ島に行ったときだった。学生時代に国内を旅していた70年代にはなかった視野を、80年代のバリ島で…

『大東京ぐるぐる自転車』伊藤礼(東海大学出版会)

→紀伊國屋書店で購入 「自転車が東京の地勢に目覚めさせる」 どこに行くにも自転車に乗っていた時期があった。90年代終わりくらいだから10数年たつが、仕事のために借りた部屋が電車で行くには近く、歩いていくにはちょっと遠い半端な位置にあり、なら自転…

『北沢恒彦とは何者だったか?』編集グループSURE・編

→紀伊國屋書店で購入 「知を求めて生き書いた男の生涯」 ある人物について「何者だったか?」と問いかけるとき、世間にその人のステレオタイプなイメージが流布している場合が多い。たとえば、ヒットラーとは何者だったのか?というように。元があるからそれ…

『鉄は魔法使い』畠山重篤(小学館)

→紀伊國屋書店で購入 「好奇心あふれる鉄の巡礼者」 東海道線の小田原の先にある真鶴は、地名は知っていたが訪ねたことはなく、あるとき仕事で行くことになってはじめて駅に降り立った。目的は中川一政美術館の取材で、彼の力強い作品にも感動したが、それと…

『Documentary』中平卓馬(AkikoNagasawaPublishing)

→紀伊國屋書店で購入 「中平卓馬の写真をめぐって(その2)」を書こうと思ううちに、日がたってしまった。「その1」を出したのは3月下旬だが、最近、ある場所ではじめてお会いした方から「その2」はいつでるのですか?と尋ねられて、あせった。こんなところ…

『都市 風景 図鑑』中平卓馬(月曜社)

→紀伊國屋書店で購入 「中平卓馬の写真をめぐって(その1)」 4センチほどの厚みのある大部な本には、中平卓馬が1964年から1982年に雑誌に発表した写真が、掲載ページの複写というかたちで収められている。2年前にこのスタイルで、森山大道の『にっぽん劇…

『きことわ』朝吹真理子(新潮社)

→紀伊國屋書店で購入 「緻密な思考と言葉への信頼の高さが圧倒する」 『きことわ』というタイトルがまず気になった。音の響きにもひらがなの文字にも、こちらの心をかすかに揺らすものがある。聞こえているようで聞こえない声、見えるようで見えない影、気配…

『臨床の詩学』春日武彦(医学書院)

→紀伊國屋書店で購入 「なぜ詩と精神科の臨床現場は相性がいいのか?」人に面と向かって「嫌いです」と言うことはないけれど、だれかと話していてそういう話題になることはあるだろう。しかも酒が入っていたりすると、「あの人、ちょっと苦手」と言うつもり…

『フェルメールのカメラ』ステッドマン・フィリップ著 鈴木光太郎訳(新曜社)

→紀伊國屋書店で購入 恐るべき実験精神の持主フェルメールの「絵画芸術」が国立西洋美術館に来たとき、半時間ほどその前に立って眺めていたことがある。フェルメールの絵には必ず光源が示されているが、歴史の女神クリオを前に筆を動かす画家を描いたこの絵…

『ライティング・マシーン ウィリアム・S・バロウズ』旦敬介(インスクリプト)

→紀伊國屋書店で購入 「常に自分の意識を壊し超えようとした人」 ビートニクの作家というと、アレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアック、ウィリアム・バロウズの3人が代表的だが、そのなかでいちばんカッコいいとかねてより思っていたのはバロウズである…

『ルワンダ ジェノサイドから生まれて』ジョナサン・トーゴヴニク著・竹内万里子訳(赤々舎)

→紀伊國屋書店で購入 「写真から感じるものと、テキストが伝えるものの狭間で、宙づりになる」 サンダルを履いていたり、裸足だったり。洗い立てのワンピースだったり、汚れた穴だらけのシャツだったり。笑っていたり。穏やかだったり、緊張していたり、放心…

百年文庫30『影』 ロレンス 内田百閒 永井龍男(ポプラ社)

→紀伊國屋書店で購入 「アンソロジーは名作を掘り起こすスコップである。」 好きな曲をセレクトして自作のコンピレーション・アルバムを作ることは音楽の世界ではよくおこなわれてきたが、それと同じことが文学の世界でも起きつつあるらしい。気に入った短編…

『昔日の客』関口良雄(夏葉社)

→紀伊國屋書店で購入 これを読んで励まされない書き手はいない用事がなくて自由に時間が使える週末があれば、なによりもしたいのは都内の散策である。どこでも構わない。だが構わないとなるとかえって迷うもので、さて、どこに行こうと腕を組んで考え込む。…

『不完全なレンズで』ロベール・ドアノー著 堀江敏幸訳(月曜社)

→紀伊國屋書店で購入 「写真家とはこういう者である」 ロベール・ドアノーと聞いて、その人、だれ?と首を傾げる人でも彼の写真は見ているはずである。恵比寿の東京都写真美術館に行くと入口の通路のところで、壁にプリントされたキスをする恋人をとらえた巨…