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『Lucky Girls』Nell Freudenberger(Perennial )

Lucky Girls

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「『ニューヨーカー』誌が選んだ「40歳以下の作家20人」のひとり、ネル・フリューデンバーガーの短編集『Lucky Girls』」

 今年『ニューヨーカー』誌が選んだ「40歳以下の作家20人」のひとり、ネル・フリューデンバーガーの短編集『Lucky Girls』。

 どこかニヤリとさせるタイトルだ。

 何故かというと、ネル・フリューデンバーガー彼女自身がいわゆる「lucky girls」のひとりだからだ。

 彼女は2001年のニューヨーカー誌「Summer Fiction Issue」でまだ本を出版していない「debut writers」のひとりに選ばれ、26歳の若さで華々しいデビューを飾った。この時選ばれたのがこの短編集の表題作「Lucky Girls」だった。この作品は彼女にとって初めて掲載された作品だった。

 この成功がきっかけで注目を浴び、まだ書かれていない彼女の本の出版権を取ろうと出版社が争った。版権の値段は瞬く間に釣り上がり、50万ドルを出すという出版社まで現れたという。

 また、ハーバード大学を卒業し、ルックスもいけている彼女を『Vogue』誌、『Elle』誌、 『Entertainment Weekly』誌などか取り上げ、普通の作家とは少し違ったアングルを彼女に与えた。

 しかし、これに黙っていないのが同じ年齢層の若き恵まれない作家たちだった。

すぐに「ネル・フリューデンバーガーを憎む会」なるものができ、彼女の批判を始めた。

 このあたりの話はニューヨークタイムズ紙の年間ベスト10作品に選ばれた『Prep』を書いたカーティス・シテンフェルドがSalon.comで「Too young, too pretty, too successful」というコラムを書いている(2003年の記事で当時彼女はまだ『Prep』を発表していない。

(http://dir.salon.com/story/books/feature/2003/09/04/freudenberger/index.html

 そしてネル・フリューデンバーガーが、前に述べたように今回またまた『ニューヨーカー』誌から栄えある20人のなかのひとりに選ばれたのだ。

 ということで、彼女の短編集『Lucky Girls』だが、表題作を含め5本の短編が収められている。舞台はインド、タイ、ベトナムなどのアジア圏。主人公はみなアジア圏の街に暮す富裕層に属する、幸せと感じていない若い女性たちだ。

 表題の『Lucky Girls』は、アメリカの大学を卒業しインドに暮らす20代半ばの女性が主人公だ。彼女は妻子のある23歳年上のインド人アルンと知り合い、彼の愛人となる。アルンは死んでしまい、彼女はアルンの母と交流を持つ。

 アルンの母は彼女に「あなたはチャーミングではないけど、頑固だ。もし私に娘がいたらあなたのような子だったはずだ」と言う。彼女はアルンの母にアルンが死んだとき側にいたかったと告げるがアルンの母は怒りをもって「そこはあなたの居場所ではない。誰もあなたが何者だか分からない」と言う。

 また、主人公はアルンの妻とも会うが妻は「私には息子たちがいる。あなたには誰もいない」と告げる。

 彼女はインドでひとり、兄弟の結婚式の日に両親の家の裏庭で展開されているであろう光景を思い浮かべる。両親はアメリカに帰ってこいと言っているが、彼女のなかには底知れない寂しさが訪れる。

 収められている短編は短くもなく長くもなく、なかなか読み応えがある。特にアメリカの大学の入学を目指している主人公と、ハーバード大学を卒業しインドに戻ってきて主人公の家庭教師を受持つ詩人志望の青年の関係を描いた「The Tutor」は秀作だ。

 彼女の作品は、何度となく文章を読み返す箇所があった。その理由は、もちろん英語で書かれているということもあるが、誰かの会話の途中に割り込んだような書き方だからだ。

 例えば:

 <「これがあなたが言っていた物じゃない?」。彼女の母の声は必要以上に大きい。「このことをあなたは言っていたわ−−−−この間私がジュリアを迎えにきときのことよ」

「そうだったけ、そうだった」。ファブロル先生のおかしなアクセント。

ふたりは、テレビで天候の具合を見るようにジュリアを窺う。

彼女は、ふたりが彼女をどこまで馬鹿にしているか、信じられなかった。>

 という文章があり、これがジュリアの母親とファブロル先生がお互いに浮気をしている描写となる。

 ネル・フリュデンバーガーは『ニューヨーカー』誌が好きな作家と言っていいだろう。もちろん、彼女の作品は水準に達している。これからのアメリカの文学界を引っ張っていく作家となるか、注目していく作家のひとりだろう。


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