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『Somebody’s Daughter』Marie G.Lee(Beacon Press)

Somebody’s Daughter

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「親子の絆と運命を描いた小説」


 灯りのない夜の海を航海していく一湊の船。深い闇の中で、探し求めていたもう一湊の船が近づいてくる。乗組員は耳を澄まし波の音を聴く。甲板から身を乗り出すと船の微かな灯りが見えた気がした。しかし、相手の船は音もなく遠ざかっていってしまう。そうして、この二湊の船は広い海の上でもう出会うことはない。

 北朝鮮で生まれた両親を持つアメリカの作家マリー・ミュン=オク・リーの美しい小説『Somebody's Daughter』を読んで、こんな風景が心の中に残った。

 主人公となるサラ・ソーソンはミネソタ州に住む北欧系アメリカ人家庭の養女となった韓国人だ。高校を卒業し地元の大学に入学するが勉強に身が入らず、大学を休学し一年間の語学留学プログラムに参加することを決心する。彼女の選んだ留学先は韓国のソウルだった。それまで、養女であることが心の重荷にならないようにと気を使ってきた両親はショックを受けるが、サラは構わず韓国に向けて出発してしまう。

 韓国で彼女は、外見は韓国人である自分がいかにアメリカの文化の中だけで育ってきたかという発見をする。韓国では言葉はほんど分からず、生活習慣もまったく違う。そうして、サラは常に自分の中に常に怒り存在していることを知る。

 その怒りの源は母親が誰であるか分からない、ひいて言えば自分が何者であるか分からない苛立ちだった。サラは「君のストーリーはこの国で始まる。アメリカじゃない」という韓国のボーイフレンドの言葉で実の母親を探し出す決心をする。

 「彼の言葉が何かを壊し解き放った。私が何故、韓国にいるか、いままでいろいろとこじつけてきた理屈はすべて吹っ飛び、雲が晴れた満月の光のような確信が心に生まれた」

 こうしてサラの母親探しが始まるのだが、サラの話と平行して、彼女の母親ギョンスクの物語も展開していく。

 田舎で育ったギョンスクが母親の期待を背負ってソウルの大学(サラの留学先と同じ大学)に入学したが、音楽家になる夢を持っていたギョンスクはすぐに大学を辞めてしまう。ソウルの貧しい地区にあるヌードルショップで働き始めたギョンスクは、ひとりのアメリカ人の男と出会う。アメリカに渡って音楽をやればいいという男の言葉を信じ、彼との結婚を決心する。

 韓国とアメリカというふたつ国のつながりのなかで織りなされる物語は、しっとりとして深い余韻の残るものだった。

 

 

 


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