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『 Pasquale’s Nose: Idle Days in an Italian Town』Michael Rips(Back Bay Books)

 Pasquale’s Nose: Idle Days in an Italian Town

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「イタリアのおかしな田舎町」


 今回紹介するのは、イタリア紀行。ニューヨークにあるチェルシー・ホテルに住んでいた著者は、毎日カフェで無駄な時間を過ごしている。しかし、その無駄な時間の多い生活に満足していて「こちら側の枯れて茶色くなった芝は、隣の青い芝よりも居心地がよい」と感じている。

 その著者が芸術家のガールフレンドに説得されて(騙されてともいえる)、イタリアの古い町で暮らし始める。

 最初の数ページを読んで、あるイタリア人のことを思い出した。

 僕たち一家は最近、通りをふたつ隔てた新たなアパートに引っ越しをした。それまで住んでいたアパートを貸し出すことにしたので前のアパートの床を修理が必要になった。僕たちは新聞の広告をみて業者を頼んだ。やってきたのはイタリアのシシリーからやってきたという中年の男で、ソファーに座り大きな声で修理の説明をした。修理の見積りをもらい、話しが決まったとき、その男は両手で僕の手を握り、次に僕の肩を抱いた。男のこんもりとした肩の肉が僕の鼻先にあった。

 「一流の仕事をするから、心配いらない。評判を大切にしているんだ」と再び両手で僕の手を握りながら、こちらの目を覗き込みながら言った。眼鏡の奥にある男の茶色い瞳が潤んでいるようにみえた。

 文化の違いとはいえ、スキンシップとあまりに直接的なコミュニケーションと取り方にびっくりした。僕と男は数時間前に会ったばかりで、こっちは仕事を頼んだだけなのだ。何も抱かれる理由はないと思ったが、男はそれが当たり前のように振る舞っていた。始めはあきれていたが、何回か会ううちにだんだんとその男に親しみを感じるようになったのも確かだった。

 本の内容の方に戻ると、ローマから50キロほど離れた古い町ストリに着いた著者は、ストリの住人の暮らしぶりを温かな視線で観察する。

 とはいえ、著者の目で描きだされるストリの町はまるでワンダーランドだ。目が見えないのに足のサイズを計ることなく注文を受ける靴屋、文字が読めない郵便配達、両性具者、レスビアン、大金持ちのアメリカ人の話など、どこまでが本当でどこまでが伝説か分からない楽しい世界だ。

 キリストの処刑を命じたピラトはストリで生まれたのか、ストリの住人の気質はキリスト教的か、太陽を信仰とするミトラ教的か。話は紀元前、ローマ帝国、中世、現代を行ったり来たりする。

 そのほか、ピザ、豆、馬肉、それにハリネズミの料理の仕方まででてくる楽しい本だ。

 ミラノフィレンツェといった大都会ではないイタリアの深い世界が見えてくる本だった。


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