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『The Dogs of Babel』Carolyn Parkhurst(Back Bay Books)

The Dogs of Babel

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愛する人を失った悲しみを乗り越えようようとする物語」

 アメリカに住んでいてこんな話を聞いたことがある。犬を飼っていた家族が引っ越しをすることになり、犬を連れて車で引っ越しをした。しかし、途中の休憩所で犬が他の犬と喧嘩をし、そのまま行方不明になってしまった。家族は犬を探したが結局みつからず、あきらめてその場を離れた。家族が新しい家に住みだして2年後、その犬が突然帰ってきたという。

 確か、新聞で読んだ話だったが、その記事を読んで、もしその犬が飼い主を見つけるまでの放浪記をかけたなら、きっと面白い物語になるだろうと思った。

 インタビューを申し込んで「あの時はどんなだったんだい」などと質問をしてみたい。「そう、あれは大変だったんだ。まず気がついてみたら俺は知らない町にいたんだ」なんていう話がその犬から聞ければ最高だ。

 

 今回読んだ『The Dogs of Babel』にも犬を飼ってる夫婦が登場する。キャロライン・パークハーストのデビュー作のこの小説は『ピープル』誌、『タイム』誌、『エスクァイアー』誌、『マリ・クレール』誌など数多くの雑誌で取り上げられた。

 内容を少し紹介すると、主人公は大学で言語学を教えるポールという離婚歴のある男性。彼が大学にいるあいだに妻のレキシーが裏庭に植えてあった高い林檎の木から落ちて死んでしまう。

 ポールは妻がなぜ林檎の木などに登ったのか分からない。レキシーの死は事故なのか、それとも自殺なのか。そのことを知る唯一の証人は、レキシーがポールと結婚する以前から飼っていた犬のロレリーだけだ。

 妻を失った悲しみと、真実を知りたいという思いからポールはロレリーに人の言葉を教えようと決心する。そうすれば、ロレリーから妻の最後の時間の様子を聞くことができるとポールは思う。

 ここからポールの回想という形式で、彼とレキシーの出会い、レキシーの心のなかに潜む自己への恐れ、ロレリーの子犬時代の話などが語られる。

 この物語を読みだしてすぐに読者はレキシーが仮面を作ることを職業としていたことを知る。レキシーの仮面作りは物語のなかの重要メタファーとなっていて、夫のポールにも自分の本当の気持ちを語らない彼女の姿が印象的に浮かび上がる。

 彼女は最後まで仮面を脱ぐことなく死んでいってしまったのか。それとも、彼女の最後のメッセージはポールが気を付けて探せばどこかに隠されているのだろうか。ポールのロレリーに人の言葉をしゃべらようとする脅迫観念は、犬の口の部分に手術を施す秘密結社との関係を作りだし物語は少し暗さを増していく。

 愛する人を失った悲しみと、その悲しみを乗り越えるまでの人の心の動きをテーマとした小説だ。


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