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『僕は問題ありません』宮崎夏次系(講談社)

僕は問題ありません

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 またもや衝動買いです。

 地元の書店をうろうろしていた私は、新刊の棚にこの漫画があるのを見て、そのままレジへ向かってしまいました。『僕は問題ありません』といういかにも問題がありそうなタイトルも気になりますし、表紙に描かれた高校生らしい少年少女がボロボロになりながら手を上げているのも看過できません。うまいのか下手なのかわからない絵柄もさることながら、ふたりの手に結ばれた紐からはカニが……。罪な装丁です。

 想像通り1ページ目から物語に引き込まれてしまいました。私が幼かった頃の少女漫画雑誌の新人賞で「あと一歩で賞」を獲っていそうな、どこか懐かしい、くずれかかった登場人物たちの絵柄。それに対して背景はものすごく緻密だったり、あっけなくガランとしていたり、この絶妙なバランスが、すぐ近所にありそうでいて、よく見ると別世界、という異空間をつくりだしています。その上に描かれるどこかいびつな人々の物語が、もうほんとに狂おしいほど愛おしいのです。

 ここに納められた八つの短編の登場人物は、誰も彼も、日常の中にできた小さなエアポケットに落ちこんでもがいています。孫を溺愛する祖父に囲いこまれてしまった少女。唯一の楽しみだった人形遊びを妻に取り上げられてしまった夫。自分が轢き殺した男がロクデナシだったことを知って苦しむフリーアルバイター。自分をいじめた者たちに復讐するため同窓会に出席する覆面の男。取り壊し寸前の間マンションで住民から盗聴されていたことを知る少女。小さな地図の中でモデルケースとしての夫婦生活を送る一組のカップル。変態教師に尽くし続ける少女とそれを救おうとする少年……。

 息苦しいはじまりからふわふわと綴られる物語たちはやがて、心を大きく波立たせる、怒涛のクライマックスを迎え、美しく昇華していきます。この快感に取り憑かれたら最後、ページをめくる手が止まりません。

 すべての短編に共通するテーマは「愛」です。ゆがんで、ねじくれて、これ以上ないほどすれ違う登場人物たちの間に、ある時一気に、前触れなく結晶する愛は、本当に読んでいるだけでまぶしくて、切なく、透き通って感じられます。

 何を言っているのか、意味不明だと思われるでしょうが、ちょっとでも気になった方には、とりあえず読んでみることをお勧めします。なぜ表紙のふたりがカニをぶらさげているのか、それは最終話で明らかになるでしょう。おすすめです。他の作品も読んでみたいと思いました!

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