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『ありふれた生活』(朝日新聞社)

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「超アジア通
 インドは踊る
 理想の夫婦像」

先日、夜中に「やっぱり猫が好き」の最新版をやっていて、3人ともメジャーになったもんだと感慨にふけて見入ってしまいました。決まった人物だけでワンカットで繰り広げられる、いわゆるシチュエーション・コメディの走り。第2シーズン(89-90年)からは、いわずもがな三谷幸喜さんの真骨頂。最近では「HR」を期待していたんですけど、慎吾ちゃんもいいんですが、いっそのこと「オケピ!」から川平慈英さんとかでレインボーゴールすれば、轟先生も良かったかな、と素人の言いたい放題です。

日常の「ありふれた生活」で笑わせること程、難しいことはない。誰もが、ちびまる子ちゃんの野口さんみたいな世界を持っている訳でもないし、そういう人は放っておいても、ローマ法王の選出がコンクラーベ、だけでクックックと笑っている。
ありふれたつまらないこと、面白くもなさそうなことで笑わすのはレベルが高く、普通、コメディアンは固定パターンに走りたがる。観客は、始めは何のことだか分からないが、慣れて来るとジャカジャカジャーンとかいう固定パターンの先読みで、そこまで引っ張ってから笑う。要は固定パターンがあるので、出て来ただけで笑えると安心する。その後の展開がないと命取りだったりするけど、それでも売れれば勝ちのプロの世界。
だからと言って、三谷幸喜に固定パターンはないかと言えば、ある。作品発表の記者会見の日には、必ず芸能界に大ニュースが重なる、という固定パターン。誰々が結婚だ、離婚だ、捕まったで芸能欄のベタ面積は、三谷幸喜の期待を裏切るという、その固定パターンで笑わせる三谷幸喜を期待することになる。本当は、そんな固定パターンは彼には必要ないはずなのに、天性の「引き」がそうさせるみたいだ。インタビューする側も、女子高生に人気があるからといって、軽部さんもそろそろひとひねりが欲しいところである。普通のネクタイにするとか。

「ありふれた生活」は新聞に連載され始めた初期からチェックしてきた。思わず落し所が野口さん的だったりして、クックックとなる。今では「怒濤の厄年」「大河な日々」と合わせて3冊がシリーズで書店に並ぶが、初期の作品には「サインを求められたけど」などの三谷幸喜らしい日常がある。

一人の主婦が「実は奥さんの大ファンなの」と切り出し、サインをもらいに来た。「奥さんのCD、何枚も持ってるんですよ」と。
僕に黙って歌手デビューしてたのかな、と思う三谷。
「一番好きなのは「卒業写真」」と来る。あれっ?
「ご主人のアレンンジなんでしょ」とトドメを刺され、「松任谷正隆、妻もよろしく」とサインする三谷。さらには「任」の字が思い出せず「まつと−や」と平仮名でサインした、ってウソに聞こえない三谷の落し所、日芸に秀でる、日大芸術学部出身の三谷。

小林聡美さんはソフトボール部出身ということでキャッチボールとハモリにうるさいという。後者に因果はないけど、一度ぜひ「卒業写真」を聴かせて下さい。何しろポポンS飲まなくても元気がありそうでいいなあ。物干しざおで重量挙げさせたら一番似合う女優は、というアンケートがあったら、絶対1位になる。一方、三谷幸喜は、駆け込み乗車をしようとして寸前でドアがしまった顔を車内から見たい作家ナンバーワン、というか・・・なんて理想的な夫婦なんだ。

それでは申訳ないので、「インドは踊る」という名作を踊りきってしまいながら、毎晩ゴミをまとめて玄関に出す家事まできっちりこなす生活のリズム感あふれるマダム小林の優雅な生活(幻冬舎)。そのゴミを朝8:30 に出して、奥さんに始球式の練習をつけられ、何ともウイットとペーソスにあふれる「ありふれた生活」の大切さを書かせたら天下一品のご主人。これある意味、理想の夫婦像です。

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