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プロの読み手による書評ブログ

『夢をつかむイチロー262のメッセージ』<br> 編集委員会 (ぴあ)

夢をつかむイチロー262のメッセージ

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「部活、夏合宿、
 今になって分かる事
 リミックス・バージョン」

今月号の「VS.」(光文社) は創刊1周年記念もあってか読み応えがある。グラビアも力作揃いで感動ものが並ぶ。高橋尚子がうつむき加減に走り始める。為末大が400mハードルを走り抜ける。そして、1サッカー選手に留まらないNakataという好き嫌いを乗越えた存在感。アスリートに宿る存在感は、我々オーディエンスの細胞の隅々までを活性化してくれる。
ドローとした人はいらない。最期の「その日」まで全速力で走り抜ける。一生懸命真剣が格好悪いなんて言わせない。内に秘めていればよっぽど格好良いし。

Life as Sports

No Music, No Life

何かに追われる生活に、スパイスを効かせ過ぎて悪いことはない

いつの頃からか、スポーツ選手のことをアスリートと呼ぶようになって、何かアーティストのような、そんな意味はないにせよ、何か表現する者のようなイメージがあって嬉しい。私なんか、そんな余裕もなく部活時代が過ぎていった。

「部活」というCMがある

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「どこまで行けるか」5人のアスリートのメッセージ

「立ち止まっちゃだめだ」と田伏(ロングビーチジャム見たぞ!)

そして「TVCMを見る」

残暑が終わる、夕暮れの校舎のシルエットに遠く響く掛け声

5分休憩に吹く風

そんなグランドの音を聴きながら、空を見上げる

あいつはもう帰ったかなあ

夏合宿が終わり、秋のリーグ戦に備える

悩むより練習再開の体力回復を優先する

そんな部活の意味が分かるのは、卒業して何年も経ってからかもしれない

立ち止まるな、絶対に止まるな

そして、どこまで行けるか

新聞や雑誌の切り抜きは、高校野球に夢中になってスコアをつけながら注目選手のスクラップブックを作っていた頃と、その部活時代以来、やったこともなかったが、最近、私の机の前には、豪快なホームランを打つ瞬間、それでも振り抜くバットの先を見ている松井と、ヒットを打って低姿勢で獲物を見るような目で走り出すイチローの2枚の切り抜き写真が貼ってある。

憧れの大リーグを初めて見たのは、ちょうど2年前の夏だった。

エメラルドシティ、シアトル発祥の地、パイオニアスクエアに位置するSafeco Field 球場。センター側からの入り口上空は、周囲の風景とも相まって、移動式の屋根、銀傘(ぎんさん)が、何かギーガーが描くような、巨大な造船所のような、雰囲気をかもし出している。階段を駆け上がり、スタンドに出ると目の前に広がるグリーンの芝生と満員のスタンド。この興奮は、初めて後楽園で野球を見た時から変らない。

売店でポップコーンとマリナーズの帽子を買う。そしてビール。観戦準備は整った。

その日もイチローは、不調を引きずっていた。遊ゴロ、遊直、遊飛、の3打席ノーヒット。3打席目のライナー性の当たりは良かったが、ショート正面、今一つきっかけのない12打席連続ノーヒットだった。

スタジアムの隣りを走る貨物列車は、試合中を知ってか、通り過ぎる毎に「プアーン、プアーン」という大きな警笛を鳴らす。そんな粋な計らいの大音響が銀傘に反射してスタジアム一杯に響き渡る。スタンドの観客はその残響音に答えて歓声が「ウワーン」と広がる。

私と私の友人はイチローの守るライトの守備位置が目の前の席を取り、もうほんのそこまで走って来る、手を伸ばせば届きそうな所にいるイチローの一挙手一投足を見ていた。肩抜きのストレッチをするイチロー、BSで見るそのままだ。

結局その日のイチローは9回までノーヒット、試合は9回表まで地元マリナーズが0対2で負けていて、それまでにお客さんはマリナーズの不甲斐なさに、わざわざウエーブまで作って応援していた。

9回裏、打席に入るイチロー。左手でユニフォームの右肩の袖をつまみ上げ、投手とバットの先と自分の視線を1直線に並べる。峰打ちなしの真剣勝負。スタジアム全体が敗色濃厚の中、一人モチベーションのオーラを放つ。

日本式の応援はない。スタジアムの歓声が一瞬消え、ピッチャーの腕を振りかぶる時にユニホームをこする音がかすかに聞こえた感じがした、その時、イチローのバットの快音、3試合ぶりのヒットが野手を抜ける瞬間、スタジアムが押さえきれずにワーという歓声に包まれる。一塁に立つイチローは人差し指をイアーガードの穴に入れ、ヘルメットの位置を調整する。

その後は、信じられないようなマリナーズの連打の攻撃、目を疑うような逆転サヨナラ勝ち。あんなイチローの嬉しそうな顔って、日本では中々見られなかった。

イチローのメッセージは、宮里藍が共感を受けたとクレジットされた。そういう意味では、オーディエンスの前で何か実力を魅せるプロを目指す者には、そういう含蓄が感じられるだろう。だから我々素人は、自分がそういうプロを目指す人生だったら、と想定して読むと分からないでもない。ただ、やはり、分

からないでもない、になる。

でも自分は、野球選手になりたかった、大スタジアムを埋め尽くすハードロックをやりたかった、洒落たオーディエンスのいる前でスタンダップコメディアンになりたかった、とすると、実は分かってくる。この本の使い方は「何かをなしとげようとする人に」とあるが、たとえ人生の方向が違っていても、今夜だけでも何かをなしとげようとする夢を見ると、この本の行間が見えて来る。

だから、この本の使い方は「今夜だけはスターを目指して寝る人に」・・・でもないか。

つたない言葉、決して饒舌とは言えないコメント、でも、メンタルな部分が成果に結びつくことを言葉少なに言おうとするもどかしさが、逆に夏合宿の特打の後のようで心に響く。予想通りの精神論。こうこなくっちゃ。

実はネタ帳に、イチロー語録ナンバー毎に「精神論」「プロ意識」「ひき」などと私なりのカテゴリー分けをして文章をまとめていたけれど、面倒臭くなったこともあるけれど、何かイチローの、そして松井の切り抜きを見ている内に、そして「部活」のCMを繰り返し観る内に、言葉にしないでも伝わる風景がある、と思えてきた。

あの頃を信じてくれたら、俺も喜んで振返るよ

人生、走った距離は裏切らない

野口みずきも内に秘めたいいアスリートだよな

そして、どこまで行けるか

今日という1日も全くそのままで

everyday is exactly the same ...

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