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『食の共同体-動員から連帯へ』池上甲一・岩崎正弥・原山浩介・藤原辰史(ナカニシヤ出版)

食の共同体-動員から連帯へ

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 本書は、2004年に組織した研究会の3年以上にわたる討論の成果である。4人の執筆者の生年は1952年、61年、72年、76年で、それぞれ別々に戦後の食生活の変化を実体験しているはずだが、問題意識とキーワードを共有し、「統一性と論理的な連関性をもつ書物」に仕上げた。4つのテーマは異なるにもかかわらず、読み終えて執筆者たちと問題意識を共有できたように感じたのは、その討論の成果ゆえだろう。


 本書の4つの章が、どのようにつながっているのか、帯で的確に述べられている。「「胃袋の連帯」を目指して 人間は、食べることを通じてつながっていけないだろうか。人間のもっとも基本的な営みである、食べることとそれを共有することを基盤にして……。近代日本やナチによる食を通じた動員、有機農業運動の夢と挫折、食育基本法による「食育運動」の展開の分析を通じて、「食の連帯」の可能性を探る」。


 執筆者たちが問題としたのは、「共同体自体が弱体化し、食の機能もまたそれほど重視されなくなった時代の<食の共同体>である」。一般的に私的領域に属していると考えられる食を、<共同体>という公的領域の問題として考えようというのである。


 それぞれの章の目的は、「はじめに」で明確に述べられている。「第1章 悲しみの米食共同体」では、「米食ないし米食悲願を中核とした近代日本を<米食共同体>と捉えて、その構造と変容・空洞化の過程を実際の歴史現場で検証してみたいと考えている」。「米食共同体の変容・空洞化過程とは、資本と国家、とりわけ国家権力の強い影響下、米食をめぐる願望と規制とが交錯しながら変転していく過程であった。したがって、米食共同体のもつ構造に対して、国家権力がどう対応し、その結果米食共同体はどのように変容したのか、そのことが人びとの意識や習慣をどう変え、また近現代日本においてどんな意味をもっていたのか、を問わねばならない」。


 「第2章 台所のナチズム-場に埋め込まれる主婦たち」は、「ナチスは、女性のことを「第二の性」と呼び、家庭を護り、男性に奉仕すべき存在とみなしていた。このようなナチスのむき出しの女性蔑視あるいは男性中心主義にもかかわらず、なぜ主婦は戦争に動員されたのか」。「食生活の中心に位置する台所という場からこの問いを考える」。


 「第3章 喪失の歴史としての有機農業-「逡巡の可能性」を考える」は、「有機農業運動の歴史の両義性を意識しつつ、人びとの思考の自由度がどのように生み出され、あるいは逆に縛られていくのかをみながら、私たちにとっての「逡巡の可能性」がどこにあるのかを」考える。


 「第4章 安全安心社会における食育の布置」では、「現代日本における食育の布置を解明することで、食育のもつ、抗いがたい魅力と魔力を明らかにしようというのである。この作業を終えて、ようやく私たちは「胃袋の連帯」を語る入り口にたどり着くことができ、その先の社会を展望できるポジションにいることに気づくであろう」という。


 そして、短い「終章 「胃袋の連帯」を目指して」では、つぎのようなことばで締めくくっている。「食の全体を見通すと、結果的に現代社会の矛盾を鋭くえぐり出し、それをどう克服するのかという問題意識を育むことができる。だが食に関する思考はいとも簡単に、まったく別の政治性や経済原則に絡め取られてしまう。そうした反転はいつでも起こりうる。この危うさを直視することが、食でつながり合う新しい世界を拓くための出発点だというのがここでのさしあたりの結論である」。


 さらに、「おわりに」で、残された課題についてつぎのように述べ、今後の課題としている。「たとえば、食と農をめぐる資本と市場の問題、それが動員に果たす役割とメカニズム、グローバリゼーション下の食と農の問題、そして「胃袋」を通じてどのようにつながり、どのような「共同体」を展望できるのか、といった問題が今後に残されている」。


 有機農業、フェアトレード地産地消、産消提携、ファーストフード、スローフードLOHAS、食育などのキーワードが、本書に登場する。これらのことばの意味を、われわれはどれだけ知っているだろうか。さらに、その現場の実態をどれだけ思い浮かべることができるだろうか。消費者が、食の末端である食べる場しか知らないとしたら、「共同体」そのもののイメージがわかないだろう。そして、食の後のことも考えなければ、これからの共同体は成り立たない。食の未来はけっして楽観視できないが、この問題に真摯に取り組んでいる研究者たちがいることを知ってすこしは安心した。

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