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『新聞と戦争』朝日新聞「新聞と戦争」取材班(朝日新聞出版)

新聞と戦争

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 日本ジャーナリスト会議大賞、石橋湛山賞、早稲田ジャーナリズム大賞、受賞おめでとうございます、といえばいいのだろうが、手放しで祝辞を贈れないものがある。いまごろになって、本書のような本が受賞すること自体、戦後日本のジャーナリズムの問題であり、朝日新聞の問題だろう。


 本書は、2007年4月から翌年3月まで「朝日新聞」夕刊に週5回掲載された「新聞と戦争」をまとめたものである。ひと言で言うと、朝日新聞の戦時報道を、いまごろになってようやく検証した成果である。その評価は、最後の章「特集編」の「メディアの果たす役割は 3人に聞く」に代表されるだろう。


 井上ひさしは、「新聞と戦争について戦後いろいろな記事が書かれたが、今回の連載「新聞と戦争」は出色のできばえだ。過去の自らの活動を、驚くほど厳しく自己点検している。過去と同じわだちにはまりこまないために必要な作業だと思う」「引き続き勇気をふるって、自己点検を続けてほしい」と甘い評価だ。


 中国人で記者出身の李相哲・龍谷大学教授は、「戦後、朝日は戦争協力を反省し、「国民と共に立たん」という社告を出した。しかし、戦時下の朝日の問題は、国民と共に立っていなかったことにあるのではない」「むしろ国民の感情を先取りして、それをあおったところに問題があった。支配者だけでなく、大衆も戦争に熱狂した。それらの大衆に迎合した新聞としての反省がない」「また、社告は「国民と共に」というだけでなく、戦争で被害を与えたアジア民衆へと視野を広げてもよかったのではないか」と、戦中・戦後の問題点を的確に捉えている。また、なぜ、これまで「自己点検」できなかったかもわかる。


 3人目のハーバード大学のアンドルー・ゴードン教授は、「大量破壊兵器が存在するとか、フセインアルカイダが結びついているという証拠は一つもないのに、米国のメディアは、それが事実であるかのように報じた。満州事変で関東軍の謀略に乗せられて中国側を非難した日本の新聞と、基本的に同じだ。国民をだまして、戦争の正当性をつくり、戦争に導いた」「報道の自由が守られている現在の米国でさえ、メディアは十分な役割を果たせなかった。自国の戦争を批判的に報じることは、今も決して簡単な課題ではない」と、現代の問題に照らして過去を考えようとしている。


 「取材はまさに「時間との戦争」だった」という。「戦後、60年以上の歳月が流れたという事実の重み」が、本書を「出色」のものにしたと同時に、すでに遅きに失し、とんでもない「誤報」になっている危険性もある。本書で語られる「事実」のなかには、生き残り、戦後60年がたって語ることができた者しか知らないことがある。だれも検証することができない「事実」もある。取材班には、そのことがわかっているから「最終稿が仕上がるまで、原稿はデスクと書き手の間を何度も往復した。1本の原稿が仕上がるまで、平均して約3カ月間の時間が必要だった」のである。


 取材班が「よくやった」のは事実だろう。しかし、わたしが手放しで「ほめてあげられない」のは、朝日新聞が海軍占領地域で発行した「ボルネオ新聞」や社内用の朝日新聞社史編修室『本社の南方諸新聞経営-新聞非常措置と協力紙』を読んでいるからだろう。現地の印刷設備を接収し、軍部に取り入った記者もいる。本書のきっかけが、「朝日の論調が変わったら気をつけろ」という「口承として祖父から孫に受け継がれたこの警告」にあるなら、「検証」するためには、まずどう見られていたかを考える必要があるだろう。


 本書の最大の功績は、さまざまな「検証」が本書をきっかけに可能になったということだろう。何年かたって、「なぜこんな本が数々の賞を受賞したのか」と言われれば、本書の受賞の意味は大いにある。

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