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『警察』林田敏子・大日方純夫編著(ミネルヴァ書房)

警察

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 どこの国の警察も同じようなものだと思って、歴史書を読んでいると、よくわからないことがあった。同じ国なのに地方によって役割が違っていたり、軍隊との区別がつかなかったりで、疑問に思ってはいたが、そのままにしていた。そんな疑問が、本書によってすこし解消できたが、奥深い問題があり、このシリーズ「近代ヨーロッパの探求」にふさわしい、警察を事例として「近代」がみえてくることがわかった。「近代」は合理的、単純化して考える傾向があるだけに、「近代」だけみているとわかった気になるが、本書のように近世からの流れをつかみ、非ヨーロッパと比較すると、近代に成立した国家のためのヨーロッパの警察制度の実像がみえてくる。そして、それは国家のためだけでなくなった今日の警察について考える指針を、わたしたちに与えてくれる。


 本書は、用意周到に準備がすすめられた。企画からすでに10年近い年月が過ぎており、最初の執筆者会議から3年かかって出版された。その間、「行政警察司法警察・刑事警察・政治警察・予防警察・治安警察などの用語には、訳語の問題や国による違い」など、「執筆者間でその都度、議論、確認し」、「「近代」のとらえ方」も「国によって違いがあり、日本とヨーロッパの間にも「近代」の相違があるため、扱う時期に関しては、「近世」「近代」の担当者間で話し合う」など調整している。編者の苦労が、推察できる。そして、つぎの5点を留意し、「警察(治安維持)制度の歴史・概略に言及した上で、自由に執筆することを基本方針とした。「①単なる制度史にならないように工夫すること、②それぞれの国・時代の「特殊性」を明確にすること、③「近代とは何か」という問題を意識すること、④「非ヨーロッパ」の担当者はヨーロッパとの関係性を意識すること、⑤現代警察とのつながり・関連を意識すること。


 本書は、序章、3部10章からなり、第1部はドイツ、フランス、イギリス3国の近世、第2部は同じ3国の近代、そして第3部は「非ヨーロッパ」のアメリカ、日本、朝鮮、英領マラヤを扱っている。それぞれの執筆者は、「「近代警察とは何か」という根本的な問題について」、「ゆるやかなコンセンサス」のもとに、「論点にあわせて独自の定義づけ」をして執筆しているが、「いくつかの問題意識が共有されている」。


 「一つは、ヨーロッパと非ヨーロッパ、あるいはヨーロッパ内での相互浸透作用を重視することである。近代警察が導入されるさいには、かならず何らかの「モデル」が参照される。早くに近代警察を樹立した国が「後進国」に学ぶ例もあり、その影響はけっして一方的なものではない。また、類型化に依拠した従来の比較研究ではけっしてみえてこない「多様性」にも注目している。ここで重要なのは、一九世紀のヨーロッパにおいては、警察制度そのものが国内で一元化されていなかった(できなかった)という事実である」。


 「さらに、本書がもっとも力点をおいているのは、考察の対象を「理念」から「実態」へと転換することである。政治エリートが掲げた制度改革の理念は、執行現場の隅々まで貫徹したとはかぎらない。個々の警察官や彼らを統制する現場の指揮官が自らの任務をどうとらえるかによって、理念と実態(現場)との間でずれが生じる可能性はきわめて高い。より実態に即した分析を行う上で必要だと考えられるのは、国家権力の発動機関としての警察と、その受益者であり統制の対象でもある人々との関係性を問うことである」。


 以上の問題意識のもとに、編者は「近代ヨーロッパの探求」という課題に、つぎのように答えようとした。「一八世紀から一九世紀にかけて、ヨーロッパ全域ですすめられたポリス改革。近代警察の創設は、国民国家の形成過程でそれぞれの国が直面した問題への処方箋の役割を果たすものでもあった。しかし、国家の統治理念や政治文化が色濃く反映された個々のシステムは、国や地域によって異なる形で展開した。警察導入の過程で生じた軋轢、理念と実態との乖離、そして国や地域ごとの多様性に焦点をあてながら、「それぞれの近代」を浮かび上がらせてみたい」。


 そして、「序章」の最後で、「残された課題」について2点あげている。1点は、EUが拡大していくなか、本書でとりあげたドイツ、フランス、イギリスだけで「ヨーロッパ」を論じたことにはならず、北欧、南欧、東欧の旧共産主義諸国、旧ユーゴ地域への視点の拡大の必要性である。もう1点は、女性警察を考察の対象に含め、その成果を「従来の(男性)警察史と接合していく作業は、今後不可欠になってくる」ということである。


 編者が強調している「日本においては、これまで「警察」をテーマとした比較研究は存在しなかったという事実」を考えると、本書がいかに画期的な試みであるかがわかってくる。このような初めての大きな試みを、紙数のかぎられたなかでおこなうことはひじょうに困難であるが、ポイントをおさえ、「ヨーロッパにおける警察システムの特徴や変化を描き出すことで、近代とは何かを考察する」ことはできたのではないかと思う。


 日本では初めてだが、ヨーロッパでは1990年代に入ると、比較研究の成果がつぎつぎに発表されるようになったという。その背景には、「EUの発足によって「警察の国際ネットワーク化」に向けた動きが加速したこと」があり、「国境を越えたヨーロッパ警察の創設が現実的な課題となるなかで、歴史的分析をふまえた議論が必要とされるようになった」からである。本書の各章でも、それが反映されているのだろう。日本で初めてでも参考文献を見る限り、執筆のための材料は少なくなかったようだ。それが逆に、ヨーロッパ3国のつながりを希薄にさせてしまったような気がした。ヨーロッパでは、ナショナル・ヒストリーや地方史が重視されるあまり、地域史としてのヨーロッパ史の執筆の妨げになっている。ヨーロッパ人研究者が克服しにくい歴史を、日本人研究者が挑戦することも必要であろう。その意味で、第3部の「非ヨーロッパ」は、今後の発展を期待させる。「比較」自体が近代ヨーロッパの考え方で、非ヨーロッパを加えることで、「比較」を越えた歴史学や世界史の考察が可能になるだろう。「ヨーロッパ」の担当者が、非ヨーロッパとの関係性を意識することで、新たなヨーロッパがみえてくるだろう。ともあれ、この初めての試みが、歴史学研究、ヨーロッパ史研究の大きな発展へとつながっていくことを期待したい。

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