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『東大講義 東南アジア近現代史』加納啓良(めこん)

東大講義 東南アジア近現代史

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 「あとがき」で、著者加納啓良は「国や地域ごとに民族や言語が大きく異なる東南アジア全体の歴史を1人で描くという冒険をしている」と述べている。長年、東京大学で「東南アジア近現代史」や「東南アジア経済史」の講義を担当してきた著者が、自分自身で書きためた講義ノートを基に授業を進めるようになったのは、2012年3月に定年退職する前の2、3年にすぎず、それまでは各種参考書に頼っていたという。それだけ、東南アジア史の概説書を1人で書くことは難しい。また、高校までに東南アジアのことをほとんど学んでいない大学生に、理解してもらうことはたやすいことではなく、東大生もその例外ではない。


 にもかかわらず、東南アジアについて学ぶ必要があることを、最後の第10章「20世紀末以降の東南アジア」の最後で、つぎのように述べている。「21世紀の東南アジア地域の平和・安定・繁栄は、私たちにとって遠い異国の出来事ではなく、日本の平和・安定・繁栄と連動しており、逆に東南アジアの危機と不安は日本の危機と不安にもつながるという、切っても切れない構造的相互依存の関係が東南アジアと日本の間には過去40年あまりのうちに既に形成、蓄積されている」。「また、政治的、外交的な面から見ても、アメリカと台頭する中国という2大強国のはざまにあって日本が21世紀の世界で賢明に生き延びていくためには、ASEANに結集する東南アジア諸国との友好・連帯はこれまで以上に死活の重要性を帯びてくるに違いない。こうして、東南アジア現代史を学ぶことは、日本の現代史を学び将来を構想するためにも有益、いや今や不可欠なのである」。


 「本書は、政治・経済の動きを中心に、主に19世紀半ばから現在にまで至る東南アジア全域の歴史を概観したものである」。「多彩な内容を持つ地域の歴史を1つにまとめて記述しようとする」理由を、著者は「まえがき」でつぎのように説明している。「第1に、民族的に多様であるといっても、東南アジアの大半の住民が人種的にはモンゴロイドに属し、主な農業の形態は稲作で米が最も重要な作物であり、熱帯の自然環境のもとで生活様式や基層文化に多くの共通点を持っている。歴史的に見ても、古い時代には隣接するインドや中国の文化、文明から強い影響を受け、17~20世紀には大半の地域が欧米の植民地支配またはその強い政治経済的影響のもとに置かれ、その中で現在の国家、社会の原型が形成されたという経験を共有している」。


 さらに「特に最近150年前後の時期を「近現代史」として本書で取り上げる」理由をつぎのように説明している。「まず、19世紀後半までの時代に東南アジアの全域が資本主義世界経済のシステムに編入されるとともに、東南アジアと世界の他地域、および東南アジアの中の諸地域の間に、それまでとは次元の違う強い分業関係が形作られ、東南アジアの各地における経済・社会の変動が共通の脈動に従って進むようになった。さらに、20世紀に入ると、植民地支配を覆して新しい国民国家を創造しようとする政治的動きが展開し、この点でも共通の脈動を持って東南アジア全体の歴史が動く様子が強まった。本書では、この脈動に注目しながら、各国、地域の個別の歴史の動きをまとめて叙述することを試みる」。


 本書は、第1章「東南アジアの概況と近現代史の時代区分」で、「東南アジアの地理的範囲」「東南アジアの自然環境」「民族と言語」「人口」「食物」「宗教」「東南アジア近現代史の起点」を説明し、第2章「近代以前の東南アジア史」で「近現代史を理解する前提として知っておくことが最低限必要と思われる東南アジアの前近代史の概略について」まとめている。第3章から10章まで、時代順に国・地域ごとに、著者の専門であるインドネシア経済を中心に記述している。それぞれの章の「はじめに」にあたる部分がないものもあり、「おわりに」がないため、それぞれの章の全体像を理解あるいは確認したうえで、つぎの章へと読み進めることはできなかった。


 最後の第10章にのみ、「おわりに」があり、「21世紀世界と東南アジア」で、1870~1910年頃に起きた変化に匹敵する「第2の交通・通信革命」が、1970年代から現在までの約40年間に全世界に波及したことを述べて、第3章と第8-10章をつないでいる。また、第8章以降は、国・地域ごとではない記述が増え、世界史のなかのASEAN史として読むこともでき、東南アジア地域が「日本の平和・安定・繁栄と連動」していることがわかる。


 さて、内表紙に東南アジア近現代史を彩った41人のリーダーの顔写真が並んでいる。何人、わかるだろうか。本文にも掲載されているので確認できる。この講義の試験問題として、このなかから何人かを選んで、「だれで、なにをした人か」を答えてもらうこともできそうだ。


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