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『わたくし率 イン 歯ー、 または世界』川上未映子(講談社文庫)

わたくし率 イン 歯ー、 または世界

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「平成饒舌体?」

力のある新人が出現する時にはどのような特徴があるのだろうか。私には例えばそれは一種の違和感、またはノイズとして感じられることが多い。阿部和重平野啓一郎の時がそうだった。読んでいて独特の「ずれ」を感じた。それは取りも直さず、自分の持っている(または持っていると信じている)世界と、作品の中に出現する世界とのずれに他ならない。要するに私の知らない世界が、作品に滲み出てきているのである。

川上未映子の『わたくし率 イン 歯ー、または世界』もまた違和感に満ちた作品だ。この作品は川上が『乳と卵』で芥川賞を受ける前年に芥川賞候補となったものだ。タイトルからして、訳が分からない。内容の見当もつかない。そして読み始めると、種々の作家の影響を思わせる文章に出会う。

他の作家の文章をあまり読まない作家は少ないだろう。大抵は若い頃に色々な作品を読んで、それが自分の中に溶け込んでいって、新たなスタイルを作り上げて行くことになる。この作品にはそういった痕跡が、未消化の食物のように妙に生々しく残っている。

主人公がオセロをしていて、相手の女の子がオセロのコマを口に含んで、唾液の糸を引きながら盤にコマを意図的に置く。「わたしはそれが非常な感じ、ああ今わたし裏返りたい、顔だけはこのお姉さんに向けたままオセロのあれみたいに裏返って立ち上がって隣の部屋の襖あけてもう帰りたいわ帰ろうやあと懇願したい、そやのにわたしは裏返られるはずもなく、唾液にぬれたオセロのあれを黙って裏返すのでありました、」白石かずこの詩の世界に見られる粘着質を思わせる。

「医師は顔から眼鏡を外して、引き出しからちょっと毛羽だった布を取りだして丁寧にレンズを拭きはじめ、わたしはそのときに初めて医師が眼鏡をかけてたことに気がつきました。この部屋ではなんでか色々なことに気がつくのが後手になる、」はカフカ的世界。歯医者に口の中を見せながら「わたしは初めてのことがつづいて興奮してて、その波打ちにあわせて目の前の医師の顔だけが少しずつ少しずつ小さくなっていって、しまいにはグレープフルーツぐらいの大きさになってゆくのやった」は川上弘美

「そう思うようになってからこっち、……なんかぽやんと。」と15行に渡って読点のみで続く谷崎的文章等、種々のイメージが喚起される。作者がこれらの作家を読んでいるかどうかは知らない。だが、読み手に多くの示唆を与える文であることは確かだ。

青木という恋人がいるらしいのだが、いざ本人に会いに行くと、彼は別の女性といて、主人公の事を知らないと言う。まだ妊娠の徴候もないのに、産まれてくるであろう子供に日記で語りかける。自分は奥歯であると意識し、その意識が種々の方向に増殖していく。

ストーリーらしいストーリーも殆どないのだが、気になるのは語り口である。後半では数ページに渡って読点のみで語られる場面もある。かつて昭和軽薄体と呼ばれる文章が存在したが、それに倣うならば「平成饒舌体」とでも呼べようか。これらの「ノイズ」がこれからどのような形で美しく結晶していくのか、楽しみな作家である。


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