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『永遠の0(ゼロ)』百田尚樹(講談社文庫)

永遠の0(ゼロ)

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「痛切なる愛の物語」

 先日知人から熱心に紹介された本を借りて読んだ。タイトルが『永遠の0(ゼロ)』であり、第二次世界大戦の名機である零戦にまつわる物語であることは知人から聞いた。だが作者の百田尚樹を知らなかったし、戦争物はそれほど好きではなかった。純粋に歴史書ならばかまわない。中途半端な「歴史風読み物」はよほど作者の力量がないと、心に残らないからだ。

 結果から言えば、この作品は面白かった。というより、ずいぶんと泣かされた。先日惜しまれながらも鬼籍に入ってしまった児玉清が、解説で「僕は号泣するのを懸命に歯を喰いしばってこらえた。が、ダメだった。目から涙がとめどなく溢れた。」と書いているのも頷ける。

 ストーリーの基本は、フリーライターの慶子と、その弟でニートである健太郎が母のために、特攻隊で亡くなったと聞いている実の祖父(つまり母の父親)宮部久蔵の生前の姿を探すために、生き残っている人々に会いに行くというものだ。苦労して探し出した人々の証言は信じられないほど矛盾している。臆病者、天才的な技術を持った飛行士、命の恩人、残虐、優秀な教官……

 二人はこの矛盾した情報に苦しむ。だが、読み進めると、矛盾していた宮部久蔵の姿が、明確な焦点を結び始める。その先には、ほとんど一緒に生活できなかった妻と子への愛がある。証言してくれた人々にも、それぞれに切ない愛の物語がある。複雑に絡み合ったそれらの要素が、祖母の再婚相手である現在の祖父と宮部久蔵の関係を発見することにより、最終章で見事につながってくる。

 良い作品としての一つの条件が、多角的な読みを許容することであるならば、この作品は間違いなく良作であるだろう。飛行機が好きな人は、零戦の栄光と滅亡を読むことだろう。歴史に興味のある人は、第二次世界大戦の一つの姿を明確に読み取ることだろう。ドラマが好きな人は、戦時中の様々な人間模様を感動と哀切と共に読むだろう。反戦主義者ならば、無知蒙昧な高級参謀たちによってどれほど被害者が増えたのか、憤りをもって読むに違いない。

 しかし、『永遠の0(ゼロ)』はやはり愛の物語なのだ。家族に対する宮部久蔵の愛の強さと大きさに、心を打たれない者はいないだろう。インターネットやメール等で人とつながる手段が増えた現代において、人とのつながりが減少しているように思えるのは私だけではないだろう。人が人を愛することの大切さという、口に出すのも必要ないような原則が忘れ去られているように見える今。そんな時こそ、この作品は間違いなく一服の清涼剤としての価値がある。


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