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『これでいいのか市民意識調査――大阪府44市町村の実態が語る課題と展望――』大谷信介編著(ミネルヴァ書房)

これでいいのか市民意識調査――大阪府44市町村の実態が語る課題と展望――

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「社会調査の質と目的」

社会学って何?」という疑問に対する一つの答えになるのが「社会調査」です。アンケートやインタヴューのことだと言えば、ほとんどの人がイメージできるでしょう。社会調査は、社会学の専売特許ではありませんが、社会学の歴史の中で培われてきた方法として大きな特徴になっているといえます。

この本は、その「社会調査」の質や目的について、具体的な事例を通して考えさせてくれる一冊です。関西学院大学社会学部大谷ゼミの学生たちによる調査実習授業の一環として、大阪府の44自治体が行った「総合計画策定のための市民意識調査」の実態が調べられています。調査票(アンケートの質問文の作り方など)の分析・評価や、市民意識調査の実施に携わった自治体職員へのインタヴューを通して、タイトルの通り「これでいいのか」と言いたくなるほどずさんな調査が行われていたことが浮き彫りになっています。

どのような意味で「ずさん」なのか、この本で取り上げられる公民館利用調査の例(本書224~225ページ)に基づいて説明してみます。たとえば、公民館を市民によく利用してほしいと考えている自治体が調査を企画するとします。このようなとき、よくある質問文のパターンは、現在行っている行事や企画などを選択肢に並べて「今後どのような企画を望みますか」と市民に尋ねるものです。しかし、この質問の仕方では「ひょっとしたら現在行われている行事や企画は、市民にとって不必要と思われているのではないか」とか「市民のニーズはもっと他にもあるのではないか」といった疑問に対する答えは出てきません。こうした背景には、「現在行われている行事や企画は市民のニーズにフィットしている」という思い込みがあります。あるいは「現在行っている行事や企画の問題点や不備を見たくない」という暗黙の構えのようなもの、といった方がよいかもしれません。その結果、現在行われていることへの批判的な市民意識が明らかになる芽は、最初から摘み取られてしまうのです。

私も調査実習授業を担当しますが、以前、富山県内のある自治体へ調査に行ったことがありました。この自治体には、年間予算に匹敵するほどの資金を投じて建てた立派な多目的施設があり、福祉、教育、レクリエーションといった機能を持っていました。自治体職員は、そこが老若男女・自治体内外を問わず人々の交流の場になっており、自治体全体のアットホームな雰囲気に貢献している、と誇りにしているようでした。ところが、この施設にフィールドワークに行ってきた学生が「高齢者しか利用していなかった」という報告を持って帰ってきました。授業でのディスカッションでは、フィールドワークを行ったのが平日の日中だった点を指摘し、「平日の日中は自治体内の高齢者による交流に限定される可能性が高いが、平日の夕方以降や休日は世代間交流、もしくは自治体内外にわたる交流が行われているかもしれない」という可能性を議論し、報告書に反映させました。しかし、その報告書の草稿を見た施設職員から「事実と異なる」という趣旨の苦情が出て、拒絶反応的な削除要求をされました。

確かに、学生の筆にも舌足らずなところがあり、私自身も中途半端な指導を反省した一件でした。しかし、それ以上に、自治体職員が持つ「老若男女・自治体内外を問わず人々が交流するアットホームな自治体」というイメージへの固着に戦慄を覚えずにはいられませんでした。確かに、学生の報告は、そのイメージに冷や水を浴びせるように見えます。しかし、この報告をステップにして「一言で交流といっても、曜日や時間帯によって質の異なるものであるかもしれない」という仮説にたどり着くことができるのです。この仮説は、施設利用の動向を、より精確な形で把握するチャンスをもたらします。このように、社会調査は、本来、自分の思い込みにとって都合の悪いデータとも向き合うことによって、より新しい見方へと調査者を導くものなのです。

しかし、そうした社会調査の性質は、多くの自治体において、まったく理解されていないようです。むしろ、自らの思い込みに反するデータを寄せつけない構えを自覚さえできない、あるいは、もっと始末が悪い場合には、調査それ自体を現在の施策や事業の「広報」ぐらいにしか考えていない、といった実情があるようです。少々暗澹としてしまいますが、そのような実情があるからこそ、ずさんな社会調査を見破る目と、せめて自分自身はずさんな社会調査をやってしまわないだけの学識とが大切だといえます。こうしたことを改めて考えさせてくれる一冊です。


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