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『日々コウジ中』柴本礼(主婦の友社)

日々コウジ中

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高次脳機能障害について知りたい人のために」

今年度から私は、富山県高次脳機能障害支援センターからの依頼を受けて、ピア・サポート事業にアドバイザーの役割で関わっています。具体的には、高次脳機能障害をもつ人のご家族に対して、同じ経験をもつ人(ピア)が相談を受ける場に同席し、必要に応じてコメントする(多くの場合は見守るだけですが)という活動です。その際、高次脳機能障害について素人だった私は、初学者向けの本をいくつか物色してみたのですが、その中で非常に読みやすかった本を今回は紹介します。

柴本礼さんによる『日々コウジ中』は、ある医師の講演で推薦されていたので興味を覚えたのですが、やはり最も読みやすいと感じました。漫画の体裁をとっているからでしょうか、絵の印象が文字を補って、少ない文字数で心に届くような印象があります。ただし、もう少し詳しい情報や一般的な視点がほしいという場合には、NPO法人日本脳外傷友の会編『Q&A 脳外傷――高次脳機能障害を生きる人と家族のために(第3版)』(明石書店、2010年)と組み合わせて読むとよいのではないかと思います。

高次脳機能障害は、必ずしも単一の症状や障害を表す言葉ではなく、大脳が行なう認知的ないし精神的活動に関しておこる障害の総称です。原因は様々であり、脳卒中や事故による脳損傷、低酸素性脳症、等があります。「高次脳機能障害」という言葉が、こんにちクローズアップされつつある背景には、救急医療の発達によって、生命の危機を切り抜け比較的長期の生存が見込めるようになった人々の存在とそれへの着目があると思われます。

『日々コウジ中』は、働き盛りだった作者の夫コウジさんが、突然くも膜下出血で倒れたところから始まります。状態は非常に危険でしたが手術は無事成功、夫は一命をとりとめます。しかし、脳が受けたダメージは簡単ではありませんでした。コウジさんは、何か月たっても、何をするにも意欲がなく、一日中テレビを見ているだけ。急にとんちんかんなことを言ったり、今日あったことを忘れてしまったり、生活の中で感情をコントロールできず家族に怒りをぶつけたりします。これらの行動は、個人差こそありますが、高次脳機能障害では典型的なものと言われています。

私自身がこれまで相談の場で聞いてきた話を総合すると、本人と家族が直面する悩みには、いくつかの側面があるようです。ひとつには、経済的な問題。コウジさんのように家計を支えていた壮年期の人に障害が発生した場合、当然ながら生活設計の問題が家族にのしかかってきます。たとえば、『日々コウジ中』では、生命保険に関する話が詳しく述べられています(同書第4章)。コウジさんが加入していた生命保険では、死亡のほかに「高度障害」を補償範囲に含めていましたが、その中にコウジさんの障害は含まれないという保険会社は主張し、それを覆すのは現実的に難しいことがわかってきます。これはおそらく、コウジさんの保険に特有のことではなく、決して珍しいことではないだろうと私は思います。つまり、多くの生命保険や住宅ローンにおいては、「死亡」については十分に想定しているし、そのことが商品価値としてもわかりやすく消費者に伝わるけれども、「重度の障害をもって生きる」ケースについては(一部のいわゆる有名な疾病を除いては)あまり想定していないし、そのことを商品の中に組み込みにくいのではないかと思います。その結果、コウジさんのようなケースはまったくイレギュラーなケースとして、補償の対象にならない扱いになるわけです。もちろん、日本の場合は、傷病手当金障害年金など公的な社会保障制度が複数存在しており、それらの利用可能性を探っていく道がありますが、多くの人はそのような制度にあらかじめ精通しているわけではないので、そのような道を探るのも不安いっぱいの茨の道になるだろうと思います。

また、経済的な問題だけではなく、高次脳機能障害になった人とまわりとの社会関係を再構築するという点でも、きわめて厳しい局面が見受けられます。コウジさんの場合、障害が発生してから、まるで乳幼児のように怒ったり泣いたりするのに歯止めがきかず、また、何をするにも無気力でぼおっとしているようになってしまったと描かれています。私が聞いた中でも、家族に対しては、ちょっとした諍いでも激高して怒りをぶつけてくる(そして、場合によってはそのことをすぐに忘れる)といった話はよく出ますし、一日中寝てばかりで自立的な生活習慣からは程遠いといった話もよく耳にします。家族からすると、先が見えない状況の中で本人の世話に忙殺されながら、いったいこの人との関係をどう持てばよいのだろうかと途方にくれることになります。

そして、こうした悩みは、周囲の人々にはしばしばわかってもらいにくいと考えられます。『日々コウジ中』でも、友人たちに話しても「私もよく忘れるよ~」とか「うちのダンナも大声出してキレるわよ~」と言われてしまうエピソードが描かれています(同書第3章)。おそらく友人たちとしては元気づけたかったのでしょうが、それによって柴本さんはそれ以上何も言えなくなってしまったそうです。おそらく必要なことは、嘆きや混乱があるのならそのままに語り、しかしそうした中から何らかの希望や展開が見出されるかもしれない、そうした語りの場なのだろうと思いますが、それは健常な頃に築かれた友人関係等では担いにくいかもしれません。柴本さんの場合は、ひとりの作業療法士に手紙で思いをぶつけていたそうですが、私自身は、それに類するような場を作れたらよいと思いながら富山県でのピア・サポート事業に参与しています。

このように、高次脳機能障害に遭遇することで直面するさまざまな悩みがあります。以前に比べると知られるようになってきているとはいえ、まだまだ多くの人に知ってほしいと思って、今回この本を取り上げました。私自身も、少し時間はかかるかもしれませんが、高次脳機能障害になった人や家族が経験する世界を記述するような研究に取り組み、そうした人々を支える社会の実現可能性について考えていきたいと思っています。



付記(お知らせ):書評空間は4月20日をもって更新終了となりました。当初は自分に続けられるか不安でいっぱいでしたが、ここまでどうにか続けてこられました。ご愛顧ありがとうございました。



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