『古代マヤ・アステカ不可思議大全』 芝崎みゆき (草思社)<br />『マヤ・アステカ遺跡へっぴり旅行』 芝崎みゆき (草思社)
ヘタウマのイラストと手書きの文字でつづられたメソアメリカ遺跡案内である。著者の芝崎みゆき氏は『古代エジプトうんちく図鑑』と『古代ギリシアがんちく図鑑』を出しているが、メソアメリカは一冊では書ききれなかったのか紀行篇と蘊蓄篇が独立した本になっている。
ロットリングで書いたようなナール風手書き文字は読みやすく、難しい話でも肩の力が抜ける。「文」と「女」がまぎらわしいといった書き癖もあるが、すぐに慣れる。これだけの文字量を清書するのは大変だったろう。
まず『古代マヤ・アステカ不可思議大全』である。著者とおぼしいトウモロコシ風ポニーテイルのキャラクターと水滴頭巾のキャラクターが案内役となって進み、一部マンガになっている。モンゴロイドのアメリカ大陸移住にはじまり、オルメカから時代順に紹介する。順番は違うが、青木和夫氏の『古代メソアメリカ文明』を下敷きにしているふしがある。青木氏は各文明にほぼ同じくらいの分量を割りふっているが、本書はマヤとアステカが中心で全300頁中マヤに115頁、アステカに60頁をあてている。
不気味カワイイ絵柄なので軽く読める本かと思ったら、情報がてんこ盛りで巻末の参考文献はダテではない。時代遅れの説やトンデモ学説も紹介されいるが、「と見る人もいる」という一歩引いた書き方をしたり、二人のキャラクターが突っこみをいれたり考えこんだりして鵜呑みにしてはいけないとわかる。意外にちゃんとした内容である。6頁かけたマヤ暦の図解は秀逸。今まで読んだ中ではこれが一番わかりやすかった。現在絶版の『ポポル・ヴフ』と『ユカタン事物記』の中味をマンガで紹介している点も貴重。
マヤ関係の本はけっこう読んでいるつもりだが、それでも知らない話がたくさん出てくる。あまりにも詳しくて消化不良をおこす読者がいるかもしれない。全編手書きにしたことといい、著者は相当しつこい性格なのだろう。
次に紀行篇の『マヤ・アステカ遺跡へっぴり旅行』である。2007年にエキという友人とメキシコ、グアテマラ、ホンジュラス、ベリーズをバックパッカーとして旅した経験をまとめた本だが、交通機関やトイレ事情、見どころといった観光情報だけでなく、現地の人との交流が描かれている。
メキシコは不穏なニュースがよく伝えられる国なので著者は身構えて入国するが、案に相違して親切な人ばかりだし、高原部はバス網が発達し便数が多く、旅行しやすい土地だそうである。オクタビオ・パスが「微笑が仮面である」と書くように日本に似た相手を立てる文化があるらしい。
しかしユカタン半島にはいるとバスが当てにならなくなり、貧しい地域のせいか人々の顔つきが厳しくなる。
グアテマラとホンジュラスは観光で食べている国なので油断もすきもならない。ベリーズは移民が多く英語が通じるが、遺跡はあまりなく、基本的に物価の高いリゾート地域のようだ。
中米でもどこにいっても日本のマンガとアニメのオタクがいて、日本人というだけで親切にしてもらえたそうである。欧米人のバックパッカーもオタクの比率が高く、バックパッカー宿で欧米人どうし浦沢直樹や高橋留美子の話で盛りあがっていたりするという。
一番興味深かったのは福音派教会の体験記である。実松克義氏の『マヤ文明 聖なる時間の書』には何もしてくれないカトリックに代わって福音派の教会が勢力を急速に伸ばしていると書かれていたが、著者はラカンドンで福音派の教会のミサに出る破目になる。宿の子供になつかれてしまい、近くの教会に連れていかれるが、様子が普通ではない。メリハリのない下手糞なゴスペルと牧師の説教が延々とつづくのに信者は異様に熱狂し、帰るに帰れなくなったというのだ。後で福音派だったとわかるが、マヤ意識が強くカトリックを拒否してきたというラカンドンで福音派が受けいれられているとは何を意味するのか。