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『猛烈に!アロハ萌え―HAWAII IN HAWAII』橋口いくよ(講談社文庫)

猛烈に!アロハ萌え―HAWAII IN HAWAII

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 親戚や知り合いからの土産物「マカデミアナッツチョコレート」でしかハワイというものに接触したことのない私がなぜこの本を手に取ったのかといえば、年末の寒空の下、サマードレスやビキニの水着、スパムの缶、その他なにやらわからないけれどとにかくカラフルな雑貨があふれるカバー写真の常夏ムードに吸い寄せられたためである。


 それに、たとえそこが私にとって、宝くじに当たってお金の使い道に困ったりでもしたらもしかして行くのかも、というほどのモチベーションしか持てない場所だとしても、旅の本を読むのはやっぱり楽しいものだし……などと思いページを繰っていたのだけれど、読みすすむうち、この本は私のなかで旅の本という括りばかりでなくハワイの本という括りさえも超越していった。

 本書の前作であるハワイエッセイ『アロハ萌え!』のなかで著者の記した言葉、「人生は『ハワイに行く前』と『行っている時』しかない」は、ハワイ好き読者たちの涙を誘ったという名言だが、じつに、著者のハワイへの思い入れの深さは底知れない。彼女の心も体も、常にハワイを求めてやまない、というか、いつでもハワイと共に在るというか、ハワイなるものに取り巻かれているというか、ハワイを感じつづけているというか……つまりはいつでもアロハ萌え、なのだ。

 アロハ萌え、という言葉にわかりやすい定義はありません。


 ハワイを思い出した時、ハワイを感じた時、ハワイに行きたい時、電車で一緒になる外国人から漂う柔軟剤の香りを嗅いだ時、春先にちょっと夏の予感を感じた時……

 冬の寒い朝でも、真っ白い光に目を細める時は、私のなかではそこにハワイの日差しがあるし、北欧レストランで出てくるエッグベネディクトにさえハワイを感じることができます。

 ハワイ滞在時でない日常のなかでこそ、繁く発動されるこの萌え心理。以下のくだりなど、ハワイに行ったことのない私でさえ、ハワイに焦がれてやまない気持ちが彷彿とされる。

 打ち合わせなどで、たまたま行ったビルのカーペットが掃除したてだったりすると、目を閉じて、記憶をたぐり寄せ、ホノルル空港のイミグレ直前のあたりの清潔な冷えた香りを思い出したりもできます。

 また、著者は滞在時にホテルのお風呂で使う入浴剤を「ツムラの「きき湯」の青色」と決めていて、それはなぜかといえば、ハワイでその湯に浸かり続けて「ハワイのお風呂」という感覚を刷り込ませ、それを日本の家のお風呂で使うことでアロハ萌え作用をもたらすため、なのである。

 この、五感、ことに嗅覚や触覚の刺激によって自らの気持ちを上げようとする小細工感は女の子ならではではないだろうか。あるいは、ハワイに向かう機内では、部屋着のようなゆったりとした服装で、持参のお気に入りのブランケットとクッションに包まれて思い切りリラックス、というのもおなじ。

 ありえないほど大量の荷物とともに著者はハワイ入りするのだが、それは、日常の彼女を取り巻くアイテムをそのままハワイにも持ち込むためである。

 (……)「いざ張り切って旅行!」という感覚は特別で楽しいものだけれど、同時に緊張もあるもの。せっかくのお休みですから、緊張はしたくない。楽しさとわくわく感だけ残し、気持ちはリラックス。それが私の理想です。(……)なので、日本→飛行機→ハワイという時間のぶつ切り感が起こらないよう、ハワイへ行く直前には、まるでハワイにいるような気分で過ごして準備を進めます。逆に飛行機の中では自分の部屋にいるようなリラックス感をあえて作り、ハワイ行きのわくわくした気持ちとミックスさせるとちょうどいい。その為には、やはり機内持ち込み荷物がやはり重要となってくるわけです。

 この、日常からハワイへのシフトの演出の入念さはまるで儀式のよう。「いざ張り切って旅行!」というように、ハレとケの落差があるほうが盛り上がれる人もいるだろうが、そうすると、いざ日常にもどったときの寂しさもひとしお。

 かつて、ハワイ行きの準備の段階で、帰ってくる時のことを想像しては落ち込んでしまっていたという著者。そこで彼女が辿り着いたのが、ハワイから帰ってきた瞬間から次のハワイ行きへの準備がはじまる、つまり「人生は『ハワイに行く前』と『行っている時』しかない」という境地なのだった。ゆえに、著者のハワイへの思いが強まれば強まるほど、そのアロハ萌えな日常へのいつくしみもまたパワーアップするようにみえる。

 本書には、たとえば一週間はかけるというハワイ行きの準備にはじまり、行きの機内での過ごしかた、到着初日をどうするか、ビーチ、ホテル、お買い物等々、ハワイ好きの、ことに女子にとっては心躍るようなハワイの楽しみが、きわめて具体的に書かれている。しかし、話が具体的になればなるほど、ハワイについてとんと無知な私には抽象的に読めてしまい、これはもしかすると、ハワイというハレの場よりもむしろ、それ以外の日常を生き抜くための本なのではないか、と深読みされてしまったという訳なのである。

→紀伊國屋書店で購入