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『新世紀メディア論』小林弘人(バジリコ)

新世紀メディア論

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「あがく者のためのメディア・スピリッツ・ブック」

 

未来の菊池寛文藝春秋の創業者)、野間清治講談社の創業者)、村山龍平(朝日新聞の創業者)に向けて書いた「新しいメディア人よ、出よ!」。

 著者の小林弘人(インフォバーン代表取締役)は、本書をこの挑発的な言葉で締めくくっています。現在のメディアビジネスをこの世につくりだした、当時のベンチャー経営者たちのように生きろ!という啓蒙書です。

 出版不況に関するニュースはひきもきりません。先日も、ケータイ小説でミリオンセラーをとばしたゴマブックスが倒産し、出版業界のなかには大きなため息が出たばかり。この苦境をバネにして、新しいビジネスモデルを創出するメディア企業がどのように登場するのか。どんな個人・組織が、チャレンジをするのか。暗いニュースよりも、メディアの荒波をつっきる冒険家の物語こそ読みたい。

 出版不況を乗り越えるための言葉の束として「メディア新世紀論」は今こそ読まれるべき。メディアに関わる組織、個人であれば、ここに書かれていることの多くは、いますぐ仕事の現場に活かすことが可能なことばかりです。

 本書の基本機能は、「『あがきたい』、という人に対して、『励ますこと・注意すること・触発すること』。小林さんが設計したとおり、たしかにこれらの基本機能は本書に装備されていました。。

 現実に、わたしは本書から大きな影響を受けましたから。

 本書によって、成功している地域メディアの事例として「みんなの経済新聞ネットワーク」を知りました。すぐに渋谷の本社に電話をかけて「静岡県浜松市で、浜松経済新聞を立ち上げたい!」と提案。創刊に興味を持つ仲間とともに渋谷本社で交渉してまもなく創刊となります。

 ネットによって誰でもメディアが発信できるようになった今こそ「得意分野を絞ること」が重要という言葉に触発されました。これまでライフワークとしてやってきたユニークフェイス。顔面問題のオンリーワン・メディアとして成長させるために、自分が書きためてきたコンテンツを、Wordpressはてな、などのブログサービスをもとに再構築・再リリースをはじめました。だらだらブログを続けていた自分に渇が入りました。執筆の姿勢を変えることで読者からの反応が変わる。そう信じてエントリーをアップしていくと好感触のメールが確実に増えていきました。メディア都市東京から離れた今、ネットによる読者との出会いはきわめて重要。距離を超える言葉の創造力を、もういちど信じ直す。新しいネット時代の情報への手触りを体感する。

「雑誌の本質は、コミュニティを生み出す力」という言葉を読んで、過去に出した出版物が絶版になっても、オープンソース化することで、アクセスを増やして、新しい世代の読者との出会いづくりを構築し続けようと思い直しました。手始めに「顔面漂流記」のオープン化を開始。いま20歳前後の若者のユニークフェイス当事者たち、ユニークフェイスな子供を持った若い親たちは、わたしの過去の書籍を読む機会がありません。ネットで無料公開することで、未開拓のユニークフェイス当事者と家族との出会いを創出が可能。このコミュニケーションによる、当事者の掘り起こしはそれ自体が社会貢献になりえます。ネット版「顔面漂流記」によって、社会実験をすることにしたわけです。

 これはわたしが本書から触発されて実行したちいさなアクションに過ぎません。触発されて、メモをとり、キーボードをたたき、ネットにログインする。そのプロセスが実に楽しかった。ネットに接続することで世界を編集しているかのような快感を覚えたのです。久しぶりに。20歳の時に、ミニコミ誌を創刊して、世界中を旅した冒険家をインタビューしたことがありましたが、そのときの興奮をすこし思い出しました。

 文章を書いて、他者にメッセージを伝えるという営みは、ベンチャーの第一歩。100%無視されるかも、儲からないかも。そんなことはわかっているけれども、何かを言いたいことがある、仕事にしたいことがある。そういう連中にとって、本書は、「メディア・スピリッツ」の原点を思い出させてくれる力があります。

 これからも技術が進歩していく。その技術の多くは短期間で、陳腐化していくことでしょう。

 人がメディアを通じて、物語を読み取り感動する。感動した人たちのなかから、テキストを自己解釈・編集をする者が現れる。メディアの受信者から、送信者へと進化していくという営みは不況になっても続きます。メディア革命は、素人、他業種、周縁からやってくる。

 もう少しあがいてみるか。


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