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『政治概念の歴史的展開〈第1巻〉』古賀 敬太【編著】(晃洋書房 )

政治概念の歴史的展開〈第1巻〉

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「重要な政治的な概念の歴史的考察」

 政治的な概念の歴史的な展開を考察するシリーズで、第三巻まで刊行されている。ドイツには『歴史的な基本概念』という9000ページに及ぶ大シリーズがあるが、それには及ばないものの、ひとつの概念に20ページほどを使って考察している。古代から中世を経て近代までの流れを展望し、現代の論争的な状況を解説し、最後にお勧めの参考文献をあげるという標準的な作りだが、枚数がかなりあるので、参考になるだろう。ぼく好みの本ではある。

 この第一巻では、自由、平等、友愛、人権、寛容、正義、公共性、権力、国家、官僚制、市民社会、連邦主義という一二の概念が考察されている。筆者はみな異なるが、それほどの凹凸はなく、標準的な出来栄えになっている。

 たとえば「自由」の項目では、ルソーの一般意志の概念を批判したヘーゲルが、特殊と普遍の実質的な媒介を目指して、「個人の個別性と特殊的利益が権利として承認されつつも、普遍的な利益に媒介され、このことを個人が承認するという構図」(p.11)を思い描いたが、個人の自由を享受する私人たる市民と、政治的な自由を享受する公民との分裂が解消されないために、これが破綻される筋道を描いていてわかりやすい。

 また「公共性」の項目では、政治哲学が始まったプラトンにおいてすでに、「開かれていることを最大の特質とする実践的な公共空間への懐疑と不信に淵源する」(p.131)という皮肉な状況が描かれ、ホッブズにおいて「人間の共同体の淵源をその善き本性に求めるアリストテレス依頼の伝統的な理解」が完全に否定される(p.135)ことが指摘される。

 「国家」の項目では、ギリシアの国家がオリエントの「帝国」概念との対立で国家というものを考え始めたこと、「膨大な官僚機構をそなえ、権力支配によって多くの人間を服従させる〈帝国〉ではなく、公と私を分離して、公共圏としてのポリスを国家概念のモデルとして描く」(p.172) ことが試みられたことの由来の考察から始めているのも、納得のゆくところである。

 ホッブズ、ロック、ルソーなど、非常に多くの項目で登場する哲学者もいて、近代の初頭に政治的な概念がいかに大きく転換したかを実感させられることになる。読者は章末に示された参考文献を手がかりに、さらにそれぞれの項目についての考察を試みることができるだろう。

 ドイツやフランスには多くみられる哲学の基本概念の歴史的な考察として、もっと前からあってよかった本だと思う。第二巻では政治、国民、契約、主権、支配、独裁、革命、戦争、共通善の九つの概念が、第三巻では徳、平和、共同体、ナショナリズムパトリオティズム愛国心)、コスモポリタニズム、抵抗権、専制、例外状態の九つの概念が考察されている。重要な概念ばかりで、つい残りの二冊も揃えておきたくなる。

【書誌情報】

■政治概念の歴史的展開〈第1巻〉

■古賀 敬太【編著】

晃洋書房

■2004/05/10

■264p / 21cm / A5判

■ISBN 9784771014954

■定価 3255円


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