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『貧困と共和国―社会的連帯の誕生』田中拓道(人文書院)

貧困と共和国―社会的連帯の誕生

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「「社会」の発明」

 かつてアレントは『人間の条件』において、ギリシアの公的な空間と私的な空間の分離について説いた後、近代、とくにフランス革命になってからこの二つの空間とはことなる社会的な空間」が登場し、それが公的な空間を覆ってしまったと語ったことがある。アレントは『革命について』ではそれをフランス革命の「失敗」と関連づけるのだが、そのプロセスが実際にどうであったかは、詳しくは考察されていなかった。

 著者はアレントのこの私的に関心をもって、「社会的なものの内実に関心を向けるようになった」(p.263)という。この〈社会的なもの〉の登場は、フーコーに近い人々、とくにドンズロの『社会の発明』やエヴァルトの『福祉国家』などの著者でも詳しく考察されているものであり、ぼくも関心をもっていた。この著書は、フランスの福祉国家が登場するまでのこうした〈社会的なもの〉の思想的な変遷をたどったものとして興味深い。

 著者はこのプロセスを、大きく四つの時期に分けて考察する。第一の時期は革命から七月革命後、一八世紀半ばまでの「政治経済学」の時期であり、ほぼルソーに始まり、重農主義、イデオローグなどを経由して、一八三〇年代から一八四〇年代の「統計の熱狂時代」(p.79)頃までを対象とする。この時代は国富の増大と統計学的な手段による国民の統治が重視された時代である。

 第二の時期は、七月王政時代の前後の時期であり、政治経済学から分離した社会経済学が、「社会」そのものと人民への注目を高めた時期である。この時期には下層の大衆に注目が集まり、「新しい慈善」によって、社会の「上下階層のつながりを維持」するために、「貧民の生活状態に関する知の蓄積を重視する」(p.123)学が展開された。

 第三の時期は、七月王政後から第二帝政にいたる「社会的共和主義」の時代である。この時代には、「友愛」の絆に結ばれた政治的な共同体を目指す運動が労働運動としても、思想的な運動としても展開されることになる。そして「デモクラシーの理念が勝利することで、大衆的貧困は根絶される」(p.168)という掛け声のもとで、富裕層だけではなく、国民全体の福祉を向上させることが求められた。フーリエやサンシモンの影響がはっきりと現れた時期でもある。

 第四の時期は、第三共和制の登場とともに、国民の「連帯」を訴える連帯主義が登場した時代である。社会の全体性を強調するデュルケーム社会学が注目を集めた時代でもあった。フランスの「福祉国家の原型」(p,255)が素描され、戦後の体制に引き継がれることになる。

 本書は脚注も詳細で、参考文献も詳しく、参考になる。フランスを実例として、「私的なもの」とも、「公的なもの」とも異なる「社会的なもの」の空間がどのようにして分節され、力をえていったか、その思想的な背景はどのようなものであったかを考えるには、きわめて有益な書物である。

【書誌情報】

■貧困と共和国―社会的連帯の誕生

■田中 拓道著

人文書院

■2006/01/31

■300p / 21cm / A5判

■ISBN 9784409230374

■定価 3990円

●目次

第1章 社会問題(導入;革命期―“市民的公共性”と“政治化された公共性” ほか)

第2章 社会経済学―「新しい慈善」(導入;政治経済学 ほか)

第3章 社会的共和主義―「友愛」(導入;社会問題と共和主義 ほか)

第4章 連帯主義―「連帯」(導入;「連帯」の哲学 ほか)

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