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『アイルトン・セナ 最速のドライビングテクニック』アイルトン・セナ(三栄書房)

アイルトン・セナ 最速のドライビングテクニック →紀伊國屋書店で購入

 アイルトン・セナがイモラに散ってから、もう10年以上が経つ。F1の代名詞であった不世出の天才も、若いF1ファンには過去のドライバーとして映るだけになってきた。
 私にとってセナは特別なドライバーだった。もちろん、感受性の豊かな時期にリアルタイムで観た英雄を特別視することは、誰でも行う誤謬である。私と同様、ニキ・ラウダを、ジル・ビルヌーヴを、ミハエル・シューマッハを特別視しているファンがいるだろう。
 しかし、それを差し引いてもセナは特別なドライバーだったと感じる。聖書を抱いてマシンの眠るガレージに引きこもり瞑想に耽る姿や、決勝で勝つことよりも寧ろ予選で己の最速を示すことの方が彼にとっては重要なのではと思わせる、命を削るようなホットラップは、他の追随を許さない至高の地位に彼を留まらせる。
 本書はそのアイルトン・セナが、存命中に唯一著した著書だと言われている。内容は意外に緻密で、どちらかというと才能だけで走っているように思えたセナの「レースはクレバーに行わなければならない」といった主張に触れることができ(当時、セナはクレバーと最も遠い位置にいると思われているドライバーだった。マンセルを除いて)興味深い。F1マシンの操縦技術を日常生活に活かす機会はないだろうが、亡きセナが最後に残したメッセージである。

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