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『本へ!』羽原肅郎(朗文堂)

本へ!

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「愛、愛、愛の本!」

活版印刷機「Adana-21J」の販売とその使い方や楽しみを伝えるアダナ・プレス倶楽部を今年新たに立ち上げた朗文堂から、「造形者と朗文堂タイポグラフィに真摯に取り組み、相互協力による」“Robundo Integrate Book Series”の第一弾として、羽原肅郎さん自装によるこの詩文集が刊行された。黒のスリップケースに巻いた白い帯には、タイトル、著者名、版元名と

本へ!

本は,

万能の「愛」だ.

本よ,

有り難う!


の文字。さらに緑の「→」、赤の「→」、紫で「この本を『本』の様な貴君に捧げます」と「For you who are just like "a book" itself.」の文字、1冊あたりつごう4度もゴム印が押されている。本のようなキミではない私がこの本を手にするのは勇気のいること、それに羽原肅郎×朗文堂×タイポグラフィの三乗は強烈で近寄りがたくもある。

     ※

黒のケースからなかみを取り出すと三つ折りの白いカバー、それを開くと本文が、蛇腹に折りたたまれてある。表と裏に日本語と英語で詩文が刷られ、カバーの裏面にはこの蛇腹を窓辺に広げたモノクロ写真がすずやかにある。さらに付された一葉には、きれいとは言いがたいがなんともうつくしい「Book be with you and God be with you!」の書き文字に添えて、赤と緑でこれまた4度ゴム印が押してある。溢れんばかりの歓迎を受けて、両手と五感を操られたがごとく全身で絶句してしまう。

     ※

いよいよ蛇腹に目を凝らせば、本への至上の愛を語るコトバと線。春夏秋冬に囲まれてまんなかには、用紙とは印刷とは製本とはと教科書のような文面が並び、「この様な, 造本の解読も, また楽しい!」と締められる。この本に使われた紙の種類、書体、フォーマットなど構造の全ても記されていて、いったいこれほどのあらゆる愛を本に呼びかけたひとがいただろうか。開いたときの手順を逆にして今一度帯に戻れば、「この本を『本』の様な貴君に捧げます」のコトバがすっと胸にやってくる。まさにそれは「神の使者」として「飛来」して、本の様な貴君すなわち全てのひとへ捧げられた、愛、愛、愛の本である。臆面もなく愛を連呼して、本の様な貴君の耳に届けたい。

     ※

ところでカバーの写真の窓辺を、どこかで見た憶えがある。著者自邸だと思うけれどむろんうかがったことはない。無造作にある2つの植木鉢とカーテンの奥に透けて見える2つのハンガー。このカーテンと奥行き——そうだ! 10人のひとがそれぞれ大切なひとへ贈り物をするために考えた折形を、折形デザイン研究所がまとめた『折る、贈る。』の巻頭に、マルセル・デュシャンへ贈るケトルを包む羽原肅郎さんがいた。ピーター・シュラムボームの「科学者の台所」シリーズのケトルが置かれたすずやかな場所こそ、その窓辺であった。


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