書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『中国新声代(しんしょんだい)』ふるまいよしこ(集広舎)

中国新声代(しんしょんだい)

→紀伊國屋書店で購入

「多様な中国を、各界の識者の発言から擬似体験する」

 本書は、中国に長く住む日本人の著者が、中国では名の知られた多様な分野の識者に行ったインタビュー集である。もともと、今はなき朝日新聞社の「論座」で連載されていたものに、再構成や追加インタビューを加えたものである。


 著者は長く香港に拠点を置いて中華圏の観察を続け、2001年に北京に移り住んでからは北京・香港・台湾を往復しながら中国社会をウォッチし続けている。村上龍氏主催のメールマガジンJMM」で記者を務めていることでも知られている。

 どこの国でも、「生の声が伝わらない」と嘆く声を聞くことは多い。日韓関係でも、かつてそうだった。双方のマスメディアのフィルタリングに問題があり、お互いに偏った情報しか流布しないことを批判し、「生の声」が伝われば相互理解が進むというような議論である。

 しかし大体の場合、「生の声」の大部分は、国別や言語別に形成された、文脈の壁に隔てられており、そのまま言語を通訳したとしても相互に意思疎通できない場合が多い。インターネットを初めとする新しいメディアがいかに成立しようとも、人々の思考はやはりある地平に囲まれているのであり、そこから飛び出すことのできる人間はそれほど多くないことを、私自身の経験を振り返っても痛感せざるを得ない。「生の声」の交換が、相互理解を進展させるという保証はどこにも存在しない。

 この本も、日中間の情報のギャップに異議を申し立て、「中国の識者の声をそのまま届ける」ことを目的の一つにうたっている。

 しかし、これが単なる「生の声」とまったく次元を異にしているのは、取り上げられている18人が、中国の専門家でも何でもない私ですら数人を除けば知っている、一流の「識者」たちであることだ。著者の長い滞在経験と活発な取材活動、その中で培われた人脈なしには実現しなかった企画だと言えるだろう。

 そしてその人選がまことに素晴らしい。経済学者や時事評論家はもとより、アルファブロガー、農村の郷鎮企業経営者、芸術関係者など、現在の中国でよく論じられる現代的問題についての専門家を網羅する形となっている。また香港と台湾にそれぞれ拠点を置く人物が含まれており、彼らの語りは、中国とこれらの区域との間に存在する、反目とも協力とも単純化できない複雑な関係性をも描き出す。結果として、中国・中華圏の現代を知るための、網羅的な入門書として読めるように構成されている。

 章立てとともに全員の名前を挙げれば以下のようになる。

第一章 社会――「公」から「個」の時代へ

王小峰(Wang Xiaofeng)/雑誌主筆、ブロガー

李銀河(Li Yinhe)/社会学

郎咸平(Larry Lamg)/経済学者

連岳(Lian Yue)/コラムニスト、ブロガー

徐静蕾(Xu Jinglei)/女優、映画監督、雑誌発行人兼編集長

第二章 出来事――国内に抱える不安、海外と高まる軋轢

芮成鋼(Rui Chenggang)/CCTVキャスター

袁偉時(Yuan Weishi)/歴史学者

孫大午(Sun Dawu)/農村企業経営者

梁文道(Leung Man Tao)/コラムニスト、文化人

邱震海(Peter Qiu)/国際問題研究家

第三章 港台――「一国二制度」と経済、民主、アイデンティティ

曹景行(Cao _jingxing)/時事評論家

尊子(Zunzi)/風刺漫画家

梁家傑(Alan Leong)/〇七年香港特別行政区行政長官候補

龍應台(Lung Yingtai)/作家

林清發(Coach Lin)/北京台湾資本企業協会会長

第四章 文化――変化続く時代、揺れ続けるスピリット

賈樟柯(Jia Zhangke)/映画監督

胡戈(Hu Ge)/ウェブビデオクリエイター

欧寧(Ou Ning)/文化プロデューサー

 この中で、日本で比較的知られているのは、映画監督の賈樟柯ジャ・ジャンクー)と、社会学者でフェミニストの李銀河だろう。また王小峰、連岳といったオンライン・オピニオンリーダーたちに関心を持つ向きも多いことと思う。

 私自身の関心に沿ったものをいくつかピックアップすれば、以下のような人々の発言がある。

 著名な経済学者である郎咸平は、中国の発展の先行きは明るいとしつつも、近年大きな問題として指摘されている「国進民退」(地方政府・旧国営部門が肥大化し民営企業が伸び悩んでいること)の現状と背景を説明している。中でも地方政府の深刻な腐敗が原因であると手厳しく批判している。

 農村問題については、著名な農村企業経営者であり活発な発言を行っている孫大午が、郷鎮企業の発展をもたらしたはずの改革開放が、政府機関の権益保護のために帳消しにされてしまった経緯を説明し、「農村に自主権をくれれば、我々は自分たちで豊かになれる」とまで語っている。

 日本でしばしば話題になる愛国主義については、コラムニストの梁文道が、一般市民の「民族主義」は理性的なものになりつつあると指摘している。しかし、昨年話題になった『中国不高興』や、「普遍的価値論争」(西洋のリベラリズムや民主政治体制を中国が取り入れる必要はないとする議論の盛り上がり)に言及しつつ、知識層の中に新しい右派的思想が生まれているとこれを批判する。中でも、グローバル資本主義を中国への搾取をもたらすとしていた新左派が、中国が豊かになったとたんに夜郎自大の自国特殊性論を語りだした、と批判しているのは痛烈である。

 香港・台湾と中国との関係については、評論家の曹景行が、日本にも似た「中国に飲み込まれて沈没する」という危機感が一部にあることを認めつつ、香港資本は大陸に大量の投資をしていて、経済関係が複雑な網の目を形成していることを指摘する。

 2007年香港行政長官選挙で、民主派候補として曽蔭権と争った梁家傑は、中国に対する民主派としての、日本で想像されるのよりもはるかに複雑な感情と戦略を語っている。また北京台資企業協会会長の林清發は、すでに中国経済の一部に組み込まれた台湾の企業家たち(「台商」)が持つ、したたかな経済活動と、複雑なアイデンティティについて語っている。

 ここでは評者の関心に沿うもののみを取り上げたが、他に芸術系の人々が、近年外国の投資を呼んでバブル化していた中国のアートシーンについて、厳しくて冷静な内部評価を行っている様子などを読むことができる。

 各章の冒頭に、それぞれの話題についてこれらの論者が配置されている背景事情について、著者が解説を寄せている。これをしっかりと頭に入れてからインタビューに入った方が、その発言の文脈を感じ取りやすい。

 本書を読めば、中国とその周辺の社会・政治・経済事情が持つ恐るべき複雑さが垣間見られるし、その中で名を成したインタビュイーたちに対する敬意を禁じ得ないだろう。反面、幾人かのインタビュイーについては、その「浅はかさ」に驚くこともあるだろう。中国はすべてを飲み込む恐るべき怪物でもなければ、非民主的な体制の中で自己変革をやめた愚鈍な巨象でもない。こうした二元的なイメージではなく、多様な現状が並存し多様な人々の暮らしている、地を這う視線から見た中国を擬似体験するという、稀有な読書感を味あわせてくれる本である。


→紀伊國屋書店で購入