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『CORE MEMORY-ヴィンテージコンピュータの美』マーク・リチャーズ[写真] ジョン・アルダーマン[文] 鴨澤眞夫[訳] (オライリー・ジャパン/オーム社)

CORE MEMORY

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コンピュータにも「神代の歴史」があった

その由来からして、年代もののワイン、せいぜいでジーンズ、あるいは20世紀初めのクラシック・カーくらいが使用範囲かと思っていた「ヴィンテージ」という言葉が、コンピュータについても使われるのかと一瞬とまどったが、考えてみれば、1930年代、40年代の車をそう呼んでよいなら、同じ頃つくられた計算マシンをヴィンテージと称すのに何の無理もないわけだ。

というので、今のところ類書のないこの一冊。1941年製のドイツZ3カルキュレーターから始まって1999年のGoogle最初の運用サーバまで、全32機種のコンピュータと、集積回路に取って代わられるまでの磁気コアメモリを、実にアングルの良い、痒いところに手の届くような細密かつ妙に生物写真のようにぴかぴか、ぬるぬるした「生気論的」フルカラー写真で、飽かず眺めさせてくれる。コンピュータ史概説書はいくらもあるが、わかり方、「愛着」の湧き方が全然違う。

半世紀経た代物ばかりだから、さすがに塗装があちこち剥落していたり、中には暇つぶしの銃弾による弾痕なんていうものがついていたりして、まるでコンピュータの歴史博物館のようだが、その通り、これはカリフォルニア州マウンテンヴューにあるずばりコンピュータ・ヒストリー・ミュージアムの収蔵品を戦争報道や都市ギャングの写真で有名な写真家マーク・リチャーズが撮った写真に、ハイテク関係といえばこの人と言われるライター、ジョン・アルダーマンが余計な修飾一切抜きに、まるでミュージアムの壁上の解説文のような簡にして明快な文章を添えた、一種の紙上ミュージアムである。変わった、しかし重要な展覧会の図録を取り上げてきた締めに本書を取り上げるのも自然な流れと思う。

コンピュータ史といえば最初のフォン・ノイマンアーキテクチャーを内蔵したENIAC(1946)から始まり、ソ連機による空襲を警戒するための巨大システムSAGE(1954-63)、地上での戦争に止まらずスペースレースにコンピュータが関わる契機となったApollo Guidance Computer(1965)、ユーザによる自分ひとりの改造が許された「パソコン」のはしりであるDEC PDP-3(1965)、ペイントプログラムの革命とされるSuperPaint(1973)など、噂の重要マシン(やソフト)がほぼ全部取り上げられている。もちろんApple I、Apple IIMacintosh も出てこないはずがない。

主眼はデザイニングの変遷史にある。「何フロアも占有した数トンの巨大マシンから消費者が引きずり回せる何かへ」の歴史が、ページを追うごとにはっきりと理解できる。最初に製品となった機械はどれか(UNIVAC I 1951)、集積回路はいつからか、互換性という概念はいつどの機械からか、パケット交換方式はどこからかなど、コンピュータリズムの基本概念が次々とデザインに生じた変化と併せて説かれていく。

APPLE I のようにいわゆるホビーストたちが木の板を基盤にそれぞれ好みの仕様で組み立てていたところから「見栄えのする箱」のデザインが生まれ、「ケースのカラー戦争」が勃発していったという事情が、見事な写真でよく理解できる。一時なぜベージュ色が流行したのかなど、デザインという点からほとんど考えられたことがないコンピュータを、Minitel(1981)を「触ってうれしいデザイン」と言い切り、DDP-116(1965)の「クリーンなラインと空白部の多様」はそのまま「カリフォルニアの風景」だなどと言ってのけるアルダーマンの時に洒落たコメントに従って眺め直してみることができる。地下200メートルにあって日常生活に不便だったSAGEにはライターと灰皿が組み込んであったなど、イノベーションの連続とも言えるコンピュータ・デザイニング史のちょっとしたエピソードも楽しい。

また、「際立つ才能を最高速マシンを作ることに注ぎ込んだことで知られる」シーモア・クレイ設計のCDC6600はコンピュータ・デザイン史の革命とよく言われるが、「そのスピードをもたらしたのは、特別なハードウェアではなく」コンピュータを「全体論的にデザインする」クレイの才能だと言われて、納得がいった(「単純に超高速のプロセッサに頼るのではなく、全体が効率的であるようにする」)。

一番最初のZ3の写真は、実は再現した機械の写真。1944年のベルリン空襲で原機は灰に帰してしまったからだ。ENIACにしても軌道軌跡計算のために開発されたし、ライター・灰皿装備のSAGEだってソ連相手の冷戦の落とし子である。戦争がデザインを発展させた代表的な分野がコンピュータであることがよくわかってくるにつれ、これがビジネスの具と化し、APPLE II のように「楽しさやゲーム」の具と変わる平和な時代をしみじみとありがたいと思う。

翻訳の鴨澤眞夫氏は、ぼくの知り合いの画家鴨澤めぐ子さんの実の弟さん。その御縁でいただいた本。翻訳書がこんなに面白くなったのも、原書の写真のミスを原著者に質(ただ)して直させるほどの訳者の入れ込みの賜物。「日本野人の会」名誉CEOという。どういう会なんだ!

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