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『鉄ヲタ少女』久寿川なるお(エンターブレイン)

鉄ヲタ少女

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「鉄道オタクが自分を「客観視」できる貴重なマンガ」

 オタクとは驚くほど周りが見えていない存在である。だから、しばしば顰蹙を買うような行動を平気でするが、鉄道オタクはその最たる例かもしれない。駅などで、周りの乗客の迷惑も顧みずに、勝手な行動をしている鉄道オタクを見かけた人も少なくないだろう。

 それは、オタク達が自分を「客観視」できてないということでもある。あまりにも一途に、対象に入れ込むためにそれ以外のものが見えていないのだ。

 こうした一途さは、かつてならば「ハカセ君」的な熱心さとして肯定的に評価されていたものかもしれない。だがこれからの時代は、オタクであれ、あるいはそうではない人であっても、何かに「ハマ」っている自分を「客観視」しながら、自覚的に生きていかなければならないと思われる。

 その理由としては、他人に迷惑がかかるから、ということ以上に、「ハマ」るべき楽しみの対象が多様化している今日においては、どうしても思考が狭小化しがちだからである。自分が楽しいと思い込んでいることであっても、知らない間に狭い世界に閉じこもっていて、実はもっと楽しい世界が広がっているのを見落とすことがままありうる時代である。

 この点で、これまでにも指摘してきたことだが、元々、鉄道オタクとマンガとは相性が悪い存在だった。鉄道オタクが「ここではないどこか」に強い思いを寄せる存在だとすれば、マンガの文化は、主としてその作中の理想化されたキャラとの「いま、ここ」の関係性への耽溺を志向しがちだからである。だが、この両者の世界をうまく「連結」させたマンガとして、本書を高く評価したいと思う。

 その内容だが、主人公の女子高生十河ひびきは、成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗にして、ごくわずかな欠点といえば、「まな板のような胸」と「鉄道オタク」であることだと言われていた。だが当人は、多少は周りの目を気にしつつも、臆することなく、鉄道趣味にのめりこんでいき、同じ高校の鉄道オタク男子や、女性鉄道ファン(鉄子)仲間との交流も広めていく。

 こうした主人公のキャラ設定自体は、ややあり得ないものかもしれないのだが、それ以外のストーリーについて、他の鉄道オタク的なマンガ作品と比べると、比較的説得力があるところに本作の特徴があるといえよう。

 一つには、主人公の女子高生がいわゆるオタク系作品におけるような、萌えキャラの要素が比較的薄いという点を指摘できよう。その何をさせても及第点をこなす万能ぶりは、まるで電気機関車の「EF81」みたいだと作中で喩えられているが、いずれにせよ、男性オタクが一方的に思いを寄せるような、(例えば、理想の妹の存在のような)典型的な美少女キャラではない。

 そしてもう一つには、何よりも作中での男性鉄道オタクが、主人公のいとこや同級生男子を含め、きちんと「キモい」存在として描かれ、リアルであるということである。他に、鉄道オタクが理解しがたい存在として描かかれた良作のマンガとして、『鉄子の旅』も挙げられるが、そちらでは、結局のところ英雄視されてしまう点からすると、こちらの作品の方が、一般的な鉄道オタクの様子としてリアルであろう。

 だが彼らは、ややアンコミュニカティブではあるものの、それはあくまで、鉄道に対してピュアに思いを寄せているからであり、その熱心さゆえに、やがて主人公とも徐々に打ち解けて、一緒に鉄道趣味に打ち込んでいくこととなる。その後、関西出身の鉄子も加わって広がっていく趣味の世界は、今までの鉄道オタクの世界にはなかったような楽しみ方も感じられて心地良い。

 このように本書は、鉄道オタク文化の新しい広がりの可能性を感じさせてくれる好作であるが、一冊で完結してしまった点が非常に惜しまれる。ぜひ続編を期待したい。


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