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『鉄旅研究-レールウェイツーリズムの実態と展望』旅の販促研究所(安田亘宏、中村忠司、上野拓、吉口克利)(教育評論社)

鉄旅研究-レールウェイツーリズムの実態と展望

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「鉄道そのものを楽しむ、成熟した旅行文化へ」

 本書は、JTBグループのシンクタンクである、旅の販促研究所が刊行している「旅のマーケティングブックス」シリーズの第6冊目にあたる。そうしたシンクタンクの存在そのものもさることながら、これまでにも「長旅時代(ロングツーリズム)」「食旅入門(フードツーリズム)」「犬旅元年(ペットツーリズム)」「祭旅市場(イベントツーリズム)」「島旅宣言(アイランドツーリズム)」といったユニークなテーマを掲げた著作が刊行されてきた。

 そして本書は、鉄道で旅すること、そのものを楽しむこと(レールウェイツーリズム)を主眼に、鉄道と旅の歴史的な関係の説明に始まり、さまざまな魅力的な「鉄旅」の事例がふんだんに織り込まれていて、それだけでも読んでいて楽しくなってしまう一冊である。

 だが、評者の関心を最も惹いたのは、第2章「鉄旅の実態」における「鉄旅調査」の結果であった。もちろん、インターネット経由の300サンプルに満たない調査データではあるけれども、こうしたテーマで行われた計量的な質問紙調査はあまり存在していないように思わ、その点でも、今日の旅行文化を理解する上で資料的価値のある結果と思われるし、何よりもその結果が面白いのである。

 詳細に記して本書購入の妨げになってもいけないので、さわりを述べるぐらいにしておくが、他にも選択肢がある中で、「意識的に鉄旅を楽しんでいる人は意外と多いことが確認」(P65)され、魅力的な路線や地域にあえて鉄道で旅行に行ったり、あるいは、鉄道そのものに乗ることを目的とする人も決して少なくなく、何よりもこれらの人々は旅行から得る満足度がかなり高いのだという。

 ここから伺えるのは、これまでただの移動手段でしかなかった鉄道が、そのものを旅行の目的として楽しむような、ある種の成熟した旅行文化が本格的に広まりつつあるということではないだろうか。

 一部の熱心な鉄道ファンにおいては、そうした旅行は以前から見られていたものだが、それが一般の人々へも広まりつつあるような、そんな動向が感じられるのである。

 実際に最近耳にした話では、島根県出雲大社が若い女性を中心に大人気で、東京発の寝台特急は週末になるたびに満席になるのだという。

 寝台特急と言えば、飛行機や新幹線よりも遅く、そして値段も安くはなく、不便さや前時代的なものの象徴として、瞬く間に姿を消し、今や東京駅発の列車は一本しか残っていないのだが、それが逆に大人気と言うから、不思議なものである。

 だが、鉄旅の魅力が見なおされるのならば、それを通して、他の交通機関の魅力も見なおされる時が来るだろうし、そうした試みを繰り返し重ねていって、楽しみあふれる成熟した旅行文化がますます発展することを心から願うばかりである。

 旅行好きの人は勿論のこと、そうではない人に対しても、本書だけでなく、シリーズの他の著作も合わせてお勧めしたい。


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