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プロの読み手による書評ブログ

『John』Cynthia Lennon(Three Rivers Press)

John

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「シンシアが語るジョン・レノンとの人生」

以前このページで、ジョージ・ハリソンエリック・クラプトンの妻となったパティ・ボイドの自伝『Wonderful Tonight』を紹介したが、今回はジョン・レノンの最初の妻シンシア・レノンが書いた自伝『John』を読んだ。アフリカで子供時代を送りロンドンでモデルの仕事をしていた経歴を持つ洗練されたパティとは違い、シンシアは基本的にリバプールの古い社会に属する女性だ。

この本で読むべきものは、スターになる前のジョンを知るシンシアからみたジョン、それに60年代のドラッグ文化とは波長が合わなかった彼女の経験した新たな時代の変化だ。それにもちろん、時代を切り開き、多くの人々に勇気を与えたジョン・レノンという人物に深く関わったひとりの女性の人生だろう。特に、僕も含めたビートルズのファンならば神聖化しがちなジョンのひどく残酷な部分を語っているのは、やはり青年期から大人になったジョンに男女の関係で関わった妻シンシアでなければできないことだろう。

シンシアとジョンの出会いは1958年。ふたりは同じ美術大学の学生だった。この後、1962年にジョンの子供ジュリアン・レノンを身籠り、ジョンとシンシアは結婚をする。この時、ビートルズのマネジメントを始めたブライアン・エプスタインはジョンに結婚していることや子供がいることを隠すように勧めた。

ビートルズはこの62年にレコード・デビューを飾り「ラヴ・ミー・ドゥ」「プリーズ・プリーズ・ミー」「フロム・ミー・トゥ・ユー」「シー・ラヴズ・ユー」などのヒット曲を出し、「抱きしめたい」がアメリカでナンバー1になり、世界的な人気グループとなった。

ビートルズのメンバーの生活は激変し、彼らはドラッグを始めたりジョージ・ハリソンの影響で東洋的な生き方や音楽を試してみたりする。

スターとして60年代を引っ張っていく存在のジョンと、基本的には変わらないシンシアとのあいだにはどんどんと埋まらない溝が生まれる。この本を読むと、シンシアがジョンの冷酷さや浮気も受け入れ、それまでのことは水に流して「新たな夫婦関係の始まり」と何度も自分に言い聞かせていたことが分かる。

しかし、その期待もヨーコ・オノの出現でこなごなにされる。

この本ではなかなかヨーコのことが出てこないので、いまだに語るには辛すぎることだったのかと思ったが、終わりの3分の1くらいからはジョンとヨーコに関わる事象や思いがしっかりと語られていた。

一読者として最も驚いたのは、シンシアとジョンの破局が避けられないものとなった夜の事件だった。家を飛び出したシンシアはジョンの友人のもとに身を寄せる。その夜、混乱しているシンシアにその友人は「前から君が好きだった。ジョンとヨーコに仕返しをしよう」とシンシアを誘惑する。シンシアは突然の告白に困惑し、何を言っているのだと相手にしない。

しばらくして、ジョンからの正式な離婚の申し出を告げてきたのはその友人だった。そうして、ジョンはその友人に高級車を買ってあげている。

この一連の事件でシンシアが考えたことは、すでに離婚を決めていたジョンが離婚調停を有利に進めるためにこの友人を利用したのではないかということだ。シンシアも不倫をしていたとなれば、ジョンの立場も有利になる。誰がそんな卑劣な手口をジョンに吹き込んだのかとシンシアは考える。

こんなどろどろとした事件や感情は、やはり男と女としてそして妻としてジョンと結ばれたシンシアだけが語れるものだろう。

その後もジョンとヨーコのことが語られ、80年にジョンが暗殺されたあとはヨーコから受けた自分の息子ジュリアンへの冷たい仕打ちが語られている。

ジョン・レノンという時代の象徴となった人物と深く関わった自分の人生を彼女はどう考えているのだろう。本の最後でシンシアは自分の思いを伝えている。

「私はずっとジョンを愛してきた。しかし、その愛の代償はとても高くついた。もし何が起こるか分かっていても同じことをやったかという質問を最近受けた。答えはノーだ。もちろん、とても素晴しい息子を持ったことを決して後悔はしない。しかし、もしティーンエイジャーの私がジョン・レノンを好きになって何が始まるか知っていたら、私はその場で踵を返し歩き去っていただろう」

今年(2008年)で69歳になるシンシア。今は幸せに暮らしていることを祈る。序文はジュリアン・レノンが担当している。


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