『The Black Hole war: My Battle with Stephen Hawking to Make the World Safe for Quantum Mechanics』Leonard Susskind(Little Brown)
「スティーブン・ホーキングとの争いに勝利した回想録」
宇宙のなかでぽっかりと穴を空けているようなブラックホール。中心には超密度に収縮された核となる特異点と呼ばれる点があり、この点に向かってすべてのものは吸い込まれていく。
ブラックホールには引き返すことが不可能な点と呼ばれる仮説上のラインがあり、このラインを超えた情報は光といえども、もうブラックホールの外にでることはできない。ナイアガラの滝に近づいたボートが、あるラインを超えると滝壺に向かう流れのほうが強く、どんなに力一杯ボートを漕いでも滝壺に落ちる運命を変えられないのと同じ原理だ。
ケンブリッジ大学の理論物理学者スティーブン・ホーキングはブラックホールは蒸発を続けやがて消滅するという理論を発表した。この学説は物理学界を驚かせたが、1976年にホーキングが発表した学説はさらなる物議をかもしだした。
ホーキングが発表した新たな学説とは、ブラックホールに吸い込まれた情報は永遠に失われるというものだった。
この学説に意義を唱えたのが、本書の著者であるスタンフォード大学のレオナルド・サスキンドだった。彼はオランダの物理学者ゲラルド・トフーフトと陣営を組み、ホーキンス陣営に戦いを挑んだ。
従来の物理法則では情報は絶対に失われることはないというものだった。例えば、火に投げ込まれた書物なども、大気上に放出された情報と燃え残った情報を合わせ、燃えた過程をひとつも間違わず逆に辿ればその本が再び現れるという説だ。もし情報が永遠に失われてしまうなら、これまでの法則が間違っていることになる。
この戦いはホーキング率いる相対論学者とサスキンドとトフーフトがタッグを組んだ量子論学者の争いでもあった。
「ホーキングはアインシュタインの等価原理に信頼を寄せる一般相対性理論学者であり、トフーフトと私は量子物理学者である・・・」とサスキンドは本書のなかで述べている。
争いの結果は2004年にホーキングが自分の学説の誤りを認め、サスキンド陣営の勝利に終わった。この本は、サスキンド自身がその勝利までの過程を描いたものだが、いかに勝利したかを理解するためにはひも理論、ホログラフィック理論、そのほかの理論や数式を知る必要がある。そのため、多くのページが図解入りでそれらの理論の説明に割かれている。
勝敗の結果もさることながら、それぞれの理論が興味深く(何度読んでも僕では理解できないものもあったが)、宇宙の謎に思いを馳せることになる本だった。