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『The Great Influenza: The Story of the Deadliest Pandemic in History』John M. Barry(Penguin Books)

The Great Influenza: The Story of the Deadliest Pandemic in History

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「世界を襲ったインフルエンザ大流行の歴史」


 1918年春。アメリカのカンザス州にあった軍隊のキャンプでインフエンザが流行し始めた。

 アメリカは第一次世界大戦を戦っているさなかで、軍隊のキャンプは人員過剰の状態。その冬は寒さが厳しく、毛布さえも不足しがちだった。多くの人間が一カ所に集まり、寒さに耐えなければならない環境でインフルエンザの流行が始まった。

 しかし、この春のインフルエンザ第1波は症状が軽く、患者たちは数日間で病気から回復していった。人々は、少し症状が重い風邪くらいにしか感じなかった。

 その8週間後、変化を遂げ強力になったインフルエンザの第2波がアメリカを襲った。この本は世界中で1億人の命を奪ったといわれるインフルエンザ流行の記録だ。

 フィラデルフィア州にあった軍隊キャンプではインフルエンザによる死者がでたが、兵士の士気を重視する軍部は積極的な防衛策を講じず、市民にも情報を伝えなかった。

 その結果、フラデルフィア市民にもインフルエンザが流行し1週間に4500人以上が死亡する状況が生まれた。病院はその患者数の多さに対応できず機能マヒとなり、医師や看護士たちも病に倒れた。

 そんななかで、州政府は「すでに最悪期は過ぎた」と病気への対応より市民感情の沈静化を優先させた。

 しかし状況はさらに悪化し、死者を葬るための棺がなくなり、墓を掘る人間たちもいなくなった。死人がでた家では死体を部屋においたまま、または死者とベッドを共にするという生活を強いられた。

 1900年初頭はまた、医学界で革新的な技術が生まれていた時期でもあった。

 今回読んだ『The Great Influenza』は、1918年のインフルエンザ大流行を伝えるだけではなく、いかに医学界がこの病気と戦ったかを伝える本だった。

 医者たちは病気を治すことから、病気にかからないようにするため技術を編み出しつつあった。

 1918年の大流行に直面した医者たちは、まずこの病気の原因をつきとめることに腐心した。発症から死亡までひどいものでは1日もかからない病気の病原体を純正培養し、ワクチンを作る。しかし、病原体がはっきりとせずなかなか成功をみない。一方、街では数千人が日々死亡している。1918年の大流行は医学界を永遠に変革させた事象でもあった。

 「今日、1918−19年のアメリカでのインフルエンザ大流行は67万5000人を超える死者を出したと考えられている。当時の人口は1億500から1億1000万人で、一方2006年は3億人に達しつつある。そこで、今日の人口数にその比率を合わせると、175万人が死亡したこととなる」

 新たな型に変化を遂げるインフルエンザの怖さが分かる本だ。


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