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『No One Would Listen : A True Financial Thriller』Harry Markopolos(John Wiley & Sons)

No One Would Listen : A True Financial Thriller

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「バーニー・メイドフのポンジ詐欺を見抜いた男の回想録」

 僕の知り合いにユダヤ人の歯医者と結婚した女性がいる。彼らはニューヨーク州ロングアイランドにあるロズリンという町に暮らしている。

 毎年クリスマスカードをやりとりするぐらいのつきあいだが、2009年の中頃、電話があった。

 この頃、バーニー・メイドフのポンジ詐欺が世間をあっと言わせたので、話題は自然とメイドフのことになった。

 なんとメイドフの家の一軒はロズリンにあり、メイドフは彼女のご近所さんだという。メイドフのファンドは「the Jewish T-bill(ユダヤ人の国債)」と呼ばれていただけに、彼の被害に遇ったユダヤ人も多かった。

 「近所で、ある日突然、家族ごといなくなったり、車がなくなったりする家がある」と彼女は言った。

 「私たちも、つつましく暮らしていかないと」とも言った。

 彼女の家族もメイドフにお金を託していたのだろうか。最後までそれは聞けずに、僕たちは電話を終えた。

 今回読んだ本は、架空に計上された利益も入れると被害総額5兆円といわれるこのバーニー・メイドフのポンジ詐欺に関する本だ。

 ポンジ詐欺とは、出資者から投資名目でお金を集め、投資をせずに利益をあげたとし、架空の利回り配当を投資者に渡すものだ。残りのお金はもちろん自分で使う。

 ポンジ詐欺はその構造上、新たな資金が必要となる。ナスダックの創設者のひとりで、ナスダックの会長も務め、信頼度も高いメイドフは、その名声を利用して次々と出資者を集めていった。

 彼は自ら出資者を募るほか、ファンド会社にお金を集めさせ、そのファンド会社に4%という高いマネジメント料を支払い、出資者たちには月平均1%の利回りを支払っていた。

 どんなに市場が荒れても、自分には投資戦略があり、その戦略を使って月約1%の利回りを実現させているとメイドフは語っていて、年率にして約12%の利回りが実際でたように装っていた。

 メイドフの成功を知った、ボストンの金融会社が同じような戦略を用いて、同じような安定的で利回りがよいファンド・ポートフォリオを作り上げようとした。そのファンド作りを命じられたのが、著者のハリー・マーコポロスだった。

 数字おたくの彼は、メイドフのファンド資料を見て、すぐにこれが詐欺だと見抜く。しかし、マネジメント側は彼の言葉を信用せずに、ポートフォリオを作れと圧力をかけてくる。

 彼はさらに数字を調べ、マネジメント料も含め年率約16%の利回りを、市場の状況に左右されずに何年も出し続けることは、絶対に不可能だという結論に達し、メイドフが詐欺をおこなっていると確信する。

 そして、2000年、彼は米国証券取引委員会(SEC)に、詳細な資料をつけて通報をする。

 この物語の本題は、ここから始まる。通報を受けたSECは彼の言い分を完全に無視する。彼はその後も、SECに合計5回にわたりメイドフの詐欺を通報するが、SECはメイドフの詐欺を暴こうとしない。マーコポロスの仲間がメイドフが怪しいという記事を金融専門誌に書くが、それでも誰も動こうとしない。その後、やっとSECの調査が始まるが、所定の書類が揃っているかを調べただけで、不正はないと結論づけ調査を打ち切ってしまう。

 その間に、メイドフが集めたお金はどんどん膨らみ、遂には何兆円という額に達してしまう。

 著者は詐欺を働くメイドフに怒りを感じるが、市場を監視しなければならないSEC監視委員の無能さにも強い怒りを憶える。

 「彼らはデイリークイーンに行ってアイスクリームをみつけられないほど無能だ。専門家なら電話1本、5分の調査で詐欺だと分かる。学歴と肩書きだけりっぱだが、市場経験のない無能集団だ」とこの本のなかであげつらっている。

 この本はメイドフの詐欺の告発本でもあるが、SECの官僚体質や監視能力のなさを暴いた本でもある。

 メイドフの詐欺は世界金融危機が起こり、投資家たちが資金の引き上げを申し出たことにより発覚してしまう。メイドフがみずから詐欺を働いていたことを言うまで、政府は彼の詐欺を見抜けなかったのだ。もし、金融危機が起こらなければ、メイドフはまだ安泰だったかも知れない。

 メイドフは最終的に日本も含め40カ国以上の国の投資機関や投資家から資金を集めた。被害総額5兆円もの詐欺が、20年近くも続いたという嘘のような本当の話の裏側がのぞける本だ。


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