『気候と人間の歴史・入門 ― 中世から現代まで』ル-ロワ-ラデュリ,エマニュエル(藤原書店 )
「スパンの長い歴史研究」
二〇一〇年の四月の半ばに、アイスランドの氷河の下の火山が噴火し、空に噴煙を吹き上げた。航空機が飛行する高さまで吹き上がったので、ヨーロッパの空からはほぼ一週間にわたって航空機が姿を消すことになった。ほとんどすべての欧州便が飛行を停止したために、映画『ターミナル』のような空港暮らしを強いられた人々もいたと聞く。
これと同じような噴火が一八世紀末に起きている。一七八三年六月八日のアイスランドのラキガール山の噴火であり、島民の二〇%近くが死亡した。同じ年に日本では浅間山が噴火し、農民に大被害を与え、「日本人の住む土地に大飢饉を引き起こした」(p.97)。
今回の噴火の際の新聞報道では、この「ラキ事件」があたかもフランス革命の遠因となったというような記事が書かれていたが、著者はこの噴火は「フランス革命の原因」とは少しも関係しない(同)と断定している。それでも異常気象や突発的な自然現象が歴史の流れをときに大きく左右するのは確実である。こうした影響関係を歴史的に考察するのが、「気候の歴史」の学問である。著者はアナール派の歴史学者として著名であるが、世界的な規模での気候の歴史を集中的に研究しており、すでに2000年に『気候の歴史』という著書の邦訳が刊行されており、今回の書物はその「入門版」ということになる。
たとえば、気候の歴史からは魔女狩りは、「一五七〇年から一六三〇年の超小氷期のとばっちり」(p.46)として理解することができるのであり、南ドイツで一六二六年の五月二四日に霜が降りるという異常な寒気のためにブドウの収穫が壊滅状態になり、「その地方がかつて経験したなかで最も忌まわしく甚大な魔女狩りを引き起こした」(p.46)という。
また一八一五年の四月五日のインドネシアのタンボラ火山の大噴火は、八万六〇〇〇名の死者をもたらしただけでなく、噴煙によって空を覆い、「一八一六年は夏のない年」(p.99)となったのである。ヨーロッパでは記録される限りでもっともブドウの主客の遅い年となり、穀物収穫は落ち込み、小麦は稀少になり、フランスは黒海から小麦を輸入しなければならなくなった。
冷夏の副産物もあった。メアリー・シェリーは父親のシェリーとバイロンとともに、
雨の中、ジュネーヴ湖近くの山荘に閉じ込められていて、文学の分野で、フランケンシュタインを生み出した」(p.99)のだった。フランケンシュタインの物語の暗さは、この気象異常の余波かもしれない。
このように、歴史を気象という観点から巨視的に眺めると、いろいろとおもしろい事実が確認され、楽しい着想が生まれる。記録のない時代については、生活のさまざまな記録が指標として使われる。たとえばブドウの収穫の時期などは、その時代の文献を探ることで確認できるからである。ヨーロッパで数千人の死者をだした二〇〇三年の猛暑なども、世界史的にみて、一つの指標として記憶されるだろう。
本書は「気候の歴史はどのようにして生まれたのですか」から始まり、「ヨーロッパおよび世界における二〇〇七年夏の非常に対照のはっきりした気象状況は、歴史上例のないものですか」という質問にいたるまで、著者が三二の質問に答える形て、非常にスパンの長い歴史研究である「気候の歴史」という新しい学問の概要を説明したものであり、わかりやすい入門書となっている。
【書誌情報】
■気候と人間の歴史・入門 ― 中世から現代まで
■ル-ロワ-ラデュリ,エマニュエル【著】
■稲垣文雄【訳】
■藤原書店
■2009/09
■177p / 19cm / B6判
■ISBN 9784894346994
■定価 2520円