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『The Imperfectionists』Tom Rachman(Dial )

The Imperfectionists

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「消えゆく新聞社とそこに関わる人々の人間模様」


 旧式のコンピュータが並ぶ古いニュースルーム。机の上には資料や新聞が山と積まれ、床には煙草の吸い殻が散らかっている。

 こんな新聞社で働く人々にはどんな運命が用意されているのだろうか。

 死にゆく新聞社とそこに働くジャーナリストや経営陣の人生を切り取ってみせてくれるのが今回紹介する「The Imperfections」だ。

 華やかなローマの街で発行される英字新聞。世界中に読者がいるこの英字新聞を発行する新聞社がこの小説の舞台だ。新聞社は1953年にアメリカ人の富豪によって設立された。

 この小説の著者は、コロンビア大学のジャーナリズム科を卒業し、AP通信社のローマ特派員、インターナショナル・ヘラルドトリビューン紙のパリ支局編集者を務めたトム・ラクマン。

 物語に登場する新聞は発行部数も少なくなり、ウェブサイトもない。まさに、古い時代に属する新聞社だ。

 物語ではこの新聞社に関わる11人の人生が描かれる。1章ごとにそれぞれの生活が読み切りの物語として紹介されている。

 そうして各章の間には、この新聞社を創設したサイラス・オットと、オット財閥の経営を受継ぐオットの子供や孫たちが登場する短い章がある。この短い章で、サイラスがこの新聞社を始めた謎が語られる仕掛けだ。

 物語の最初に登場するのは、新聞社のパリ非常勤通信員のロイド・バーコ。

 古株のひとりであるバーコは70歳になる。彼には18歳年下の妻アイリーンがいる。以前は刺激的だった年の違いが、いまでは海のようにふたりを隔てている。彼女は、近所の男のところに半分住居を移してしまった。

 新たな記事の注文のために新聞社に連絡を取るが、彼の提案した文化記事は全て却下される。新聞社はテロリズムやイランの核についてのインサイドストーリーなどを欲しがっている。

 彼はフランス外務省に務める息子をランチに誘い、なにか情報を漏らすように迫る。息子が唯一のニュースソースだ。夫としても記者としても、一線を超えていってしまう人間の姿が描かれる。

 死亡記事を担当するアーサーは、自らの娘の死と、死亡記事を準備するためにインタビューをした作家の死を通して 人生を見つめ直す。

 そのほか、編集長のキャサリーン、財務担当のアビーなどの様々な人間模様が描かれる。

 そして、時代のなかで遂に新聞は消え去っていく。

 「かつてこの部屋には世界の全てがあった。今日あるのはゴミだけだ。新聞は1日も休むことがなかった。いまはもうその姿はない」

 著者の知っている世界を描いた物語は、ジャーナリズムに関わる人間への愛情が感じられる作品だった。


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