書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『A Singular Woman : The Untold Story of Barack Obama’s Mother 』Janny Scott(Riverhead Books)

A Singular Woman : The Untold Story of Barack Obama’s Mother

→紀伊國屋書店で購入

オバマ大統領の母親の伝記」


 海外で子供を育てることにはいろいろな悩みがつきものだ。言葉の教育をどうするか、その子の子供時代の生活場所を最終的にどこにするか、自分の仕事と子供の暮らしに矛盾がでてきてしまった場合、どちらを優先させるべきかなど、難しい選択に迫られることが多い。

 今回読んだ「A Singular Woman」はオバマ大統領の母親の人生に光をあてた伝記だ。著者はニューヨーク・タイムズ記者のジャニー・スコット。

 オバマの母親スタンレー・アン・ダナムはカンザス州に生まれた白人女性だ。彼女は両親の都合で何回も引越しをし、ハワイの大学に入学する。彼女はそこで、独立を前にしたケニアから来たバラク・オバマ・シニア(オバマ大統領の父親)に出会い、すぐに結婚をし61年に息子のオバマハワイ州で産んだ。

 彼女はまだ18歳だったばかりでなく後にオバマ・シニアにはケニアにすでに妻がいたことが分かる(ケニアの妻は彼が二人目の妻を取ることを許していた)。翌年、オバマ・シニアはハワイの大学を卒業しハーバード大学に入学。アンは生まれたばかりの子供と共にシアトルの大学に移っていく。

 63年にハワイの大学に戻ったアンは、インドネシアからの大学院留学生ロロ・ソエトロと出会い、2度目の結婚をする。ロロはインドネシアに戻り、アンも67年に6歳の息子を連れてインドネシアに移り夫との暮らしを始め、娘をひとりもうける。

 英語の教師や政府系機関の仕事をするアンは、自分のキャリアのためには人類学の博士号が必要で、息子には英語の教育が必要だと感じる。一方ではインドネシア人の夫と、インドネシア人の娘がいる。そして、息子の方は黒人との混血児で、周りから嘲りの対象となる。どうやってこの人生の荒波を乗り越えていくか。

 オバマ大統領の母親の伝記ということで、息子オバマとの彼女の関係を描いていけば最も簡単だが、著者はその誘惑をこらえ、アンの人生を描いている。成人してからの大半の時間をインドネシアで過ごした母親。息子との生活を選ばすに、インドネシアに留まる母親はどんな思いがあったのだろうか。

 この本を読む限り、アンは優秀で粘り強さはあるが、ひとつひとつの計画を次に繋げていくタイプの人間ではなかったようだ。彼女の人生は混乱し、経済的にも彼女の両親に頼った部分が多かった。しかし、彼女の価値観はしっかり息子に伝えられている。

 「表面の違いの下では我々はみな同じで、みな悪いところよりよい部分が多いという感覚。これが彼女が持っていた世間知らずで理想主義な部分で、それが私のなかにある世間知らずで理想主義的な部分なのです」

 と彼女の息子は語っている。

 普通のアメリカ人とは全く異なった人生と、人生の選択をした女性の優れた伝記だ。


→紀伊國屋書店で購入