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『Crime Wave』James Ellroy(Vintage Books )

Crime Wave

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「ロサンゼルス・アンダーワールドのレポと短編」


 ボストンの大学を卒業して、ニューヨークで編集の仕事をみつけるまでの3年間、僕はロサンゼルスで暮らした。

 ロサンゼルスでは大学院に通ったが、お金が無くなり大学院を卒業をする前に働きだした。その3年間に3度引っ越しをした。お金が許せば、サンタモニカやウエストウッドなど海の近くにある街に住みたかったがそうもいかず、ロサンゼルスの東になるウィッティアやローズミードという土地でアパートを借りた。近くにはエルモンテ、ダウニー、サン・ゲーブリエル、ウエスト・コビーナという名の街があった。

 

 週末や休日などに酒を飲んだり食事をしたりするのは、決まって華やかさに欠けるそんな街の酒場やレストランだった。

 先日、ニューヨークの書店でジェームス・エルロイの『Crime Wave』を見つけた。アメリカの『GQ』誌に掲載された作品を集めた本だ。この本には短編も含まれているが、作品の多くはノンフィクションだ。それもエルモンテやウエスト・コビーナなどで起こった殺人事件を追っている。

 エルロイがこの土地での殺人事件を追うには理由がある。

 彼は48年にロサンゼルスで生まれた。まだ6歳の時に両親が離婚し、その後エルロイは母親と父親のもとを行ったり来たりする。そして、58年、エルモンテの街で母親の死体が発見される。母親はアル中で男遊びも盛んな女性だった。母親の死は殺人と断定されるが犯人は見つからず、事件は迷宮入りになってしまう。

 それから数年後に父親も心臓発作で死んでしまう。母親の死から20年間、エルロイは酒を飲み、薬をやり、万引きや窃盗まで犯す荒んだ生活を送った。逮捕歴も30回近くというから、その荒み方も中途半端なものではない。

 しかし、77年に酒を辞めその2年後には最初の作品となる『Brown's Requiem』を発表した。八七年には『The Black Dahlia』、そして96年には『My Dark Places』を出版している。『My Dark Places』は母親の死と真っ直ぐ向き合った作品だ。

 自分に作家としての「声」を与えてくれたのは母親の殺人事件だったとエルロイは言っている。その「声」の源ともいえる事件を追った『My Mother's Killer』というノンフィクション作品が『Crime Wave』には掲載されている。『My Dark Places』の原形となった作品だ。事件当時の警察のファイルを調べ、関わった人々の行動を追っている。他の作品もさることながら、乾いた文体で綴られているこの1作を読めるだけでも『Crime Wave』を手に取る価値は十分にある。

 

 

 


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