『Country Matters 』Michael Korda(Perennial )
「ニューヨーク編集者の田舎暮らし」
僕は以前、ロサンゼルスのダウンタウンから車で四〇分ほどの町で一軒家を買ったことがある。その家に、兄と僕のガールフレンドとで二年ほど住んだ。
家は、しょっちゅうどこかが壊れ、僕たちは毎週のように業者を呼んだり、自分たちで修理をしたりしなければならなかった。
お湯を沸かすボイラーが倒れ、天井が雨漏りし、ガレージのドアか開かなくなり、セントラル・エアーコンディショニングのファンが壊れ、フェンスが倒れ、庭の木が腐り抜かなくてはならなくなり、バスタブから水が漏れと際限がなかった。
この家に限ったことかと思ったが、数年前にニューヨーク郊外に家を買ったアメリカ人の知り合いも、「毎週末やらなくてはならないことがある」と言っていたので、きっと同じようなものなのだろう。
いまはニューヨークのアパートに住んでいるので修理に時間を費やすことも少ない。
今回読んだのは、ニューヨークの快適なアパート住まいから、田舎に暮らし始めた有名編集者マイケル・コーダの書いた本だ。
アメリカの大手出版社、サイモン・アンド・シュースターの編集長であるコーダは、ニューヨークの知識エリートのひとりであり、都会的なイメージがあったが、二十数年間、週末は田舎の農場で暮らしていたのだ。知らなかった。
彼が農場を買った場所は、アップステート・ニューヨークと呼ばれる、マンハッタンから車で北上すること一時間半くらい離れたダッチェス郡だ。
彼の買ったこの農場というのが凄い。建てられたのが一七八五年というから築二〇〇年を超えている。雨漏りはもちろん、どんなにヒーターをたいても温まらない部屋があり、水道管は凍り、汚水処理タンクが詰まる。
しかし、モデルでもある彼の奥さんのマーガレットはイギリスの田舎育ちで、この農場生活が気に入り、馬を飼い始める。
そしてコーダ夫婦が豚を飼い始めるに及んで、町の人々も彼らを地元の住人として受け入れる。豚まで飼えば、ここでの暮らしも、もう都会のエリートのお遊びではないという訳だ。豚を飼い始めることが地元住人であることの証しとコーダは言っていてなにか可笑しい。
この本は、田舎の暮らしがいかにのんびり楽しいかを描いたものではない。家の修理と言えば、電気の球ぐらいしか変えたことのなかったコーダが、悪戦苦闘しながら田舎の農場生活を乗りきり、いかに地元の人々との繋がりを深めていったかの物語だ。
登場してくる人物はアメリカ北東部の田舎の文化を代表するような人々が多い。多少排他的であり、昔からの自分たちのやり方を頑固に守る。コーダはそんな住人たちをユーモアを交えて紹介している。
コーダ自身の筆による挿し絵もついていて楽しい。