書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

プロの読み手による書評ブログ

『The Art of Making Magazines』Victor S.Navasky, (編集), Evan Cornog, (編集)(Columbia University Press)

The Art of Making Magazines

→紀伊國屋書店で購入

コロンビア大学ジャーナリズム科の雑誌についてのレクチャー」


アメリカの作家/脚本家で作家ジョーン・ディディオンの夫であったジョン・グレゴリー・ダンによると雑誌ジャーナリズムでは最終的に「Why」が「Who」「What」「Where」「When」「How」よりも重要になってくるという。それも抽象的な「Why」ではなく具体的な「Why」に重きが置かれる。

というジョンの言葉を読んで「おー、なるほど」と興味を持った人に読んでもらいたいのが、「The Art of Making Magazines」。

この本はもともとコロンビア大学ジャーナリズム科でマガジンの勉強を集中的におこなう学生や大学院生に向けてのレクチャー・シリーズをまとめたもので、そのレクチャラーのラインアップが凄い。

エル誌の編集長ロバータ・マイヤーズ、ワシントン・ポスト紙のコラムニスト、マイケル・ケリー、ニューヨーカー誌のファクトチェッカー、ピーター・キャンビー、ヴァニティフェア誌のデザイン・ディレクター、クリス・ディクソン、言わずと知れた有名編集者ティナ・ブラウン、コンディナスト・トラベラー誌のクリエーティブ・ディレクター、ピーター・カプラン、ハーパーズ・マガジン誌の発行人、ジョン・マッカーサー、名門出版社クノッフの編集長ロバート・ゴットリーブなどだ。

このラインアップに登場する編集者、デザイン・ディレクター、コラムニスト、クリエーティブ・ディレクターたちはその職につくまでに当然そのほかニューヨーク・タイムズ紙、GQ誌、エスクァイア誌、アトランティク・マンスリー誌、ローリング・ストーン誌、インスタイル誌、ミラベラ誌、サイモン・アンド・シュースター社、ニューヨーク・マガジン誌などに在籍した経歴があるので、レクチャー本文の冒頭に添えられている彼らの紹介文を読むだけで、マガジン好きの人なら脈拍数が上がること請け合いだ。

どのレクチャーも面白いが、普通の記事では絶対にお目にかかれないものをひとつ紹介しよう。

え〜と、と言ってもほとんどの内容が普通の雑誌や新聞に載ることがないものなので選ぶのに困るが、まあ、僕にとって特に興味深かったものを紹介する。どれが興味深いはもちろん人によって違うとは思うけれど。

では、ロバート・ゴットリーブのレクチャー。彼はウィリアム・ショーンの跡を継いでニューヨーカー誌の編集長を務めたが、出版社クノッフやサイモン・アンド・シュースターで編集長を務めトニ・モリスン、ジョン・チーヴァーなどの編集者でもあった。つまり、本と雑誌の両方の世界で編集長の経験がある。その経験から雑誌の編集者と書籍編集者の違いを語っている。

ロバートによると本の編集者は著者を守る立場にあるという。著者の仕事を理解し、同じ波長で接することが重要だという。本の編集では著者との信頼関係が必要となってくる。彼はトニ・モリスンとのやりとりを挙げている。彼の元でトニ・モリスンが短い小説「Sula」を書き上げたあと、彼はトニ・モリスンにこう言った。「これはソネットのようなとてもいい作品だ。もう一度同じような作品を書く必要はない。次は自分を自由に開け放って、もっと大きな作品に取り組んだらどうだろう。やるだけやって、失敗でもいいじゃないか。やってみよう」

ロバートはトニ・モリスンが自分でも分かっていたことを言ったまでで、編集者として彼女がやりたいと思っていることをやってもらうきっかけになる必要があったと言う。そして彼女が書いた作品が「Song of Solomon」だった。この長編作品はトニ・モリソンの評価を確定させる作品となった。

一方、ニューヨーカー誌の編集長として雑誌の世界も知っている彼は、雑誌の編集長の役割をこう語る。

「雑誌では編集長が神的な存在です。編集長はライターを守る必要はありません」。つまり雑誌では立場が逆となり、書き手が編集著の希望に応えなければならないのだ。全ての原稿は一度編集長の元に送られ、編集長が目を通し担当の編集者に渡される。ニューヨーカー誌の場合はそこからファクトチェッカーに回るのだが、ロバートは名物プルーフリーダーのエレノア・グールドのことを語っている。エレノアのファクトチェックを受けたスーザン・ソンタグが初めは「何故、彼女はこんな直しをするか理解できない」と言っていたが、そのうちに「ちょっと待って、この女性は天才だわ。並外れて優秀だわ。私が書いたもの全部を彼女にエディットして貰いたい」と言うようになったことや、エレノアとジョン・アップダイクとの戦いを語っていて、とても面白い。

その他にも、雑誌にはコピーエディターが必要だと語るバーバラ・ウォルラフ、自分のあこがれた女性雑誌エルの編集長にいかにしてなったかを語ったロバータ・マイヤーズ、雑誌作りの極意を語ったティナ・ブラウン、多くの有名編集者や作家たちとの関係を語ったピーター・カプランなどどれも見逃せないものばかりだ。

これぞアメリカン・マガジン・ジャンキーたちに贈る1冊と言えるだろう。面白かった〜。


→紀伊國屋書店で購入