『Weight : The Myth of Atlas and Heracles』Jeanette Winterson(Canongate Books Ltd)
「神話を下敷きに語られる人の心」
1959年英国のマンチェスターで生まれたジャネット・ウィンターソン。英国の文芸誌『グランタ』から「優秀英国若手作家20人」のひとりに選ばれた経歴がある彼女は、長編小説、短編作品ばかりではなく、ノンフィクション作品を書きテレビや映画の脚本も手掛ける作家だ。
1985年の『オレンジだけが果物じゃない』でデビューを飾った彼女は、常に注目をされてきた作家でもある。
宗教色の強い厳格な家の養女として育った彼女の作品は、女性の性や社会モラルに鋭い視線を投げかけているものが多い。
現在に残る神話を世界の優れた作家に語り直してもうら「世界の神話」シリーズの第3作目をこのウィンターソンが手掛けている。彼女の選んだ題材はギリシャ神話に登場するアトラスとヘラクレス。
アトラスはティタン神族のひとりで、遥か昔オリンポスの神々との戦いに破れ、罰として世界の西の果てに立ち、一時の休みなしに天空を支え続ける役を課せられた。
一方、ゼウスを父に持つヘラクレスは、エウリュステウス王の命令で、ヘスペリスたちの守る黄金のりんごの実を取るために世界の西の果てに向かう。
ギリシャ神話では、ヘラクレスが黄金のりんごを取ってきてくれようアトラスに頼み、アトラスがりんごを取ってくるあいだヘラクレスが代わりに天空を支えるという話になっている。
この設定を下敷きにしてウィンターソンは、運命と選択、責任と自由、制限と願望の物語『Weight』を綴る。
『Weight』に登場するアトラスは優しく、思慮深いおだやかな性格の神として描かれている。一方、エラクレスはセックス好きで、悪知恵にたけ、自分の利益のためにアトラスを騙すこともいとわない人間の男だ。
天空を背負うアトラスは、自分は過去のあやまちから逃れられない運命だと感じている男の姿と重なり、ヘラクレスは己の弱さを力によって隠し続ける人間の姿を映している。
アトラスは天空を預けたあと再び天空を背負うことになるが、少しずつ自分の心に目覚め自由を欲するようになる。ヘラクレスは天空を背負ったことにより、自分のなかにある弱さを見せてしまう。
リリカルに、ときにはコミカルに、そうして著者の心の深い部分も語りながら、ウィンターソンはこの物語を仕上げている。
各章ごとに深い余韻が残るこの作品は不思議な物語だ。科学と寓話、過去と現在、自己の経験と神話、希望と破滅が微妙に交差しあうこの物語は普通の小説の枠には収まらない。人間の心理が神話を題材に語られる心に響く物語だ。