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『あたらしいみかんのむきかた』岡田好弘 神谷圭介(小学館 )

あたらしいみかんのむきかた

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 もうすぐお正月ですね。強制的に集められた親戚同士、旧交を深め合わなければならない微妙な季節です。義理の家族への対応にも頭が痛いですね。共通の話題もないし禁句も多い。「孫はまだかしら」とか「お義母さまの味付けって濃いですわね」とか、ちょっとしたやりとりから修羅場にもなりかねません。

 小さい子供でもいればまだ間が持つのですが、超少子高齢化社会ではそんな逃げ場もありません。後期高齢者の祖父母、前期高齢者の両親、中年の子供たち、平均年齢は六十歳なんていう正月もザラにあります。私の実家もそうでした。「祖母が利用するデイサービスでの出来事」くらいしか話題がなくなってしまった時のあのどんづまり感といったら…。

 日本の正月は今、猛烈にエンターテイメントを必要としている。私はそう思います。一世紀ほども違う時代を生きている老若男女全員が時を忘れて夢中になれる。そんなエンターテイメントが渇望されているのです。ということで、前置きが長くなりましたが今日ご紹介する本『あたらしいみかんのむきかた』について書きたいと思います。

むきおくんが、だいすきなみかんをたべずにじっと見つめています。なにやらしんけんなかおでかんがえています。

このままでいいのだろうか? だいすきなみかんをただむくだけでいいのだろうか? もっとすてきなむきかたはないものだろうかと。

 むきおくんのうしろに飾られているのはトロフィーと王将の駒の置物。一昔前の香り漂うイラストからは、ただの児童書ではない、おかしなオーラが漂ってきます。読者がそのオーラに気をとられている間に、むきおくんはひらめいてしまいます。そしてみかんの皮をむきはじめるのです。

 するとあら不思議。むきおわった皮が干支の動物たちの形に見えるではありませんか。まるいみかんの皮に切れ込みをいれて展開するだけでアートになる。こんなことよく考えたものです。干支だけではありません。イカ、さそり、トナカイなど細かい部位を必要とする動物も次々にむかれていきます。これが1個のみかんの皮からできているだなんて想像もつきません。

「面白い発想だね。でも子供向けでしょ」と思ったあなた。果汁のように甘いです。ひとつむくたびに鉛筆で書き記されるむきおくんの「思ったこと」。そのブラックなことといったら。最初にむく「うさぎ」からして子供には見せられないレベルです。

ちょうかわいくむけた。うさぎはいちねんじゅうはつじょうきらしい。

 蛇をむけばアダムとイブを連想し、犬を見れば去勢手術に思いを馳せるむきおくん。第2弾となる『あたらしいみかんのむきかた2』では、みかんの皮だけでなく、ゆとり教育肉食系女子などの社会の闇にも鋭く切り込んでいきます。その高い教養と次々にむきだされるみかん皮アートには舌を巻くしかありません。念のために確認しておきましょう。むしろアダルト向けの本です。お子様に買い与える際はあらかじめ内容を確認し家庭内で教育方針を話し合うことをお勧めします。

 さて、むきおくんも面白いのですが、この本の醍醐味はなんといっても「自分でむいてみる」ところにあります。かくいう私もまず自分でむいてみようと張り切っていました。しかしいざやろうと本を見ると・・・結構難しそう。あっという間に気持ちが萎えていきます。むかなくても面白く読める本だしむいてみなくてもいいかな、と逃げ腰になりはじめたそんな時。「めざましテレビ」がこの本をとりあげているのを見たのです。映像にはいとも簡単に「馬」をむいていく幼稚園児たちが。私のハートに静かに火がつきました。

 わたしむくよ!

 まず難易度★の「うさぎ」に挑戦。みかんにサインペンで切り込み線を入れていきます。これが難しい。いかに三次元に弱いかということを思い知らされます。結局、みかんを回転した途端正面がわからなくなってしまってジ・エンド。悔しい私は、幼稚園児がむいていた「馬」の難易度を確認しました。★★だそうです。そういえば幼稚園児たちはあらかじめ線を入れてもらっていました。ずるい・・・。

 気持ちを入れ替えて新しい動物に挑戦です。実は私、今年の一月に『海に降る』という小説を出版しています。物語には巨大海棲爬虫類、通称「竜」が出てきます。そうだ、「竜」をむいてみよう。さっそく干支の「竜」のページをめくった私の目に飛び込んできたのは難易度★★★★の表示。見なかったことにしました。さらにページをめくっていくと巻末に「ネッシー」を発見。難易度★★。これにします。ネッシーも竜も似たようなものです。

 わたしむくわ!

 今度は失敗しないように線をひき、カッターで切れ目を入れていきます。なんとかいけそう。皮と果実の間に爪楊枝を入れ、ぴりぴりはがしていきます。快感です。みかんの皮をむくだけでこれほどの興奮が得られるとは思ってもみませんでした。ついに皮がむけました。いやすごい。ほんとすごいです。手がすべって首と前びれを切ってしまったのと、うしろのひれがなぜかひとつ足りないのが残念ではありますが、でもまぎれもないネッシーです。

 ネッシーがむけたぞ!

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 ※完成度が低かったので潜水調査船しんかい6500のプラモデルの箱に乗せてごまかしてみました。

 どうでしょう。これこそ日本の正月にふさわしいエンターテイメント。みんなでむけば時間もあっという間にすぎます。自然と無言になるので余計な波風も立ちません。お年寄りには認知症予防になるでしょう。キャリアウーマンを気取っていた嫁がわりと不器用だったり、嫌われ者だったおじさんに意外な才能が開花したりして、親戚づきあいに新たな局面が生まれるかもしれません。いかがですか。行き詰まった家庭、日本のお正月に、おすすめの一冊です!


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