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『課長 島 耕作の成功方程式』(講談社文庫)

01zou →紀伊國屋書店で購入

「映画館で観る映画、
 通勤電車で読む島 耕作、
 肩で風切る感じ」


 映画は映画館で観て下さい、とは淀川長治さんの言葉。これだけレンタルやDVDが普及すると、おのずと映画の意味も多様化するようで少し懸念しています。昔は映画といえば映画館で観たもので、観終わった後に外に出ると、世の中が違って見えたりしたものです。サスペンスを観れば誰かに追われてはいないかと交差点で後ろを振り向く感じ、ミュージカルを観れば誰かが踊りだす感じ、戦争ものを観たらこんな平和ボケで良いのか誰かに問いたい感じ。所が、TV画面で観る映画は、日常の風景の中で小さい窓からのぞく感じで、冷蔵庫からビールも出せれば、トイレにも行ける。これは違う。だから出来ればいつも大きなスクリーンで観たいものですけど。

 弘兼憲史の本を読むと、この手のハウツーものはたとえ実践出来なくてもある種のヒーリングになるから売れると実感します。実際、家には国内外の同種の本が何十冊とありますけど、こうすれば上手く行くと読んでも、机の上はいっこうに片付かないし、時間は忙しいまま。でも、考えてみるとまた週末に買ってしまったりで、何でまた買うのかなと思います。

 特に弘兼憲史の話は、我々の業界とはやや異なりますけど、通勤電車で読んで、顔を上げると「あれ?映画館から出た感じ」とアドレナリンが出たりします。つまりは、日常の風景がそのまま映画館で、誰もが島耕作のようには出来ないけれども、でも、会社で会議している、上司に怒られている、帰りに飲んでいる、そんな自分が一瞬主人公になって、今電車で移動中、それで居眠りをする乗客も違って見えたりする。そんな映画のような擬似体験が日常を背景に経験出来る、そんな感じです。健さんを観れば肩で風切る感じ。

 ちなみに弘兼憲史さんの作品には東武東上線沿線の見慣れたローカルな駅の日常の風景が出て来ます。野口五郎の私鉄沿線の感じ。今はどこにお住まいか知らないですけど。また「美人劇場」というマイナーなシリーズがあって、島 耕作や人間交差点のエッセンスがつまっています。漫画もですけど、こういうハウツーものも日常の風景を映画館のごとく読者を魅了する。一度、弘兼憲史を通勤電車で読むことをお勧めしたい感じです。

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